フィラデルフィア写真紀行

写真センターの運営や作家活動から、アメリカの写真事情や文化の違いまで…

ポートフォリオの重さ

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アパートからの景色

アパートからの景色

今回はOnwardを通して企画したグローバルコースに参加する人との面談を主な目的として帰国した。

東京に集まっている人を主に、関西にも足を延ばして全員で20名ほどの人と実際に顔を合わせ話をしてきた。このコースに参加するにあたって期待や希望を述べてもらい、どのような想い各自このコースの位置付けをしているのかということを聞きたかった。

このコースではアメリカの講師と日本の写真家を目指している人を繋げたら面白いのではないかと思いそもそも企画をしたのがきっかけであった。Facebookで作った小さなグループの間で最低限のコース内容を紹介して、興味があるかないかを聞いたところとてもとても反響があった。それをOnwardのリストに集まっている人にも聞いたら、100名以上の希望者が現れたのである。

そもそも去年参加した六甲山でのポートフォリオレビューなどに参加して一つ思うことは日本で「作品」のレベルを上げるには僕のような立場で何ができるのかということである。

ポートフォリオレビューで決定的に欠けている点は、その場でいくらアドバイスを出してあげることが出来ても、時間が短いため、その人の「文脈」みたいな所までわかりにくい事がある。その人がどのようなことを考えて、どんな作品を作ってきて、そしてこれからどこに向かおうとしているのかという「文脈」である。それを抜きにして、見せられた写真だけでアドバイスをあげるのも限界を感じるし、ある意味無責任であり、実際その人にとってどれ位役に立つのか分からない。

そんなことを言うと写真を見せに来ているのだから、それだけで判断出来ないのかと聞かれそうである。実際に写真だけで見える所もなくもなく、特に自分がやりたいことがはっきりと写真で表すことが出来ている人は正直このような場でも見たものだけで問題なく話が進むだろう。

しかし自分のやりたいことが写真でははっきりとまでできずに、ボンヤリというレベルであったり、又それを手探りで模索している人であると写真だけでは話が分からなくなる。そこで文脈がとても必要となり、そのギャップがどれ位あるのかということを考えるととても役に立つ。つまりこういう人にはレビューという機会は刺激になり、そしてこのようなことを考えるきっかけになるかもしれないが、実際その後どのようにすればいいのかという術までは教えてくれる場所ではない。

つくづく思うことであるが、「完成度」という点から見て、作品が出来ているか出来ていないかの判断はそんなに難しくないと思う。ある程度写真を見慣れている人であれば比較を通して、 ボンヤリとした輪郭は出来上がってくるのではないか。極端な言い方かもしれないが、いい悪いの「評価」は誰でも出来るのではないかと思う時が多々ある。

しかし問題なのは、まだ「出来ていない」と評価された人が実際にどのようにそこから変えていけばいいのかということを教えることが出来るひとはそういない点である。しかしこの点をサポートする術がないとその人の可能性までも摘むことになる。例えばポートフォリオレビューというイベントを写真家が生まれて成長する「生態系/エコシステム」の一部としてみると、ポートフォリオレビューという「評価をしてもらえる場」だけでは不完全なサイクルであることが分かると思う。

そしてそれを完結するものが学ぶことができる、「教育」という仕組みであろう。アメリカでポートフォリオレビューなどが成立する環境というのはアメリカでの教育の機会の膨大さと多用さにあると思う。そしてこれを支える底辺を作っているのが、全国で200近くもある大学や大学院の写真学科であるし、その一方で地域レベルで写真を興味がある人に教えている写真センターやアートセンターの役割であるのかもしれない。逆説的に言うとこのような学ぶ場所が身近にあるからこそ、評価する場がその延長線上としてあるのではないか?今回のコースはこのような位置づけで行うことができればと思っている。

今回一人一人会って面談をして思ったことは、参加者それぞれの想いを語ってもらうと自分の課題点や取り組むことをまるで友達に悩み事を相談しているように親身になって話してくれることが印象的であった。その人がそれぞれの想いで作ってきた「作品」を見ながら30分ぐらい一対一で会話をしているとそんなことを思わざるえなかった。

今回はとても重いポートフォリオをアメリカまで持ち帰ってきた。

Written by tsuyoshi

5月 26th, 2014 at 1:39 am

Posted in 日本訪問

2 Responses to 'ポートフォリオの重さ'

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  1. 「例えばポートフォリオレビューというイベントを写真家が生まれて成長する「生態系/エコシステム」の一部としてみると、ポートフォリオレビューという「評価をしてもらえる場」だけでは不完全なサイクルであることが分かると思う。」
    (そうですね。不完全燃焼を引き起こしてしまうと思います。 さりとて、それから以降 有効な手だては、本人の意志,道無き道を手探りで突き進むしか無く,多くの写真家の卵達はここで消えて行く、その時点で有力なギャラリスト,頼るべき評論家受け狙いの写真家が現れ,消えて新陳代謝を繰り返している様にしか思えない。
    しかしここ数年新しいギャラリストが増えだんだん変わりつつ有ると思う ただ,有効なシステム作りは今現在至って無いと思います。
    今回この機会に私自身も多くの物を観て学ぶ事から始めたいと思います。まだ,シャドーボクシングの状態ですけど,今度はチャンとした
    フォームが学べると期待しています。)
    『今回はPコースですが自身の表現を何かの機会にアプローチしたいと思っています。』

    名幸 芳進

    26 5月 14 at 4:31 AM

  2. ナコウさん、

    ギャラリーに任せて売るという仕組みではなく、その辺から変えていったらどうでしょうかね?実際の大きなところでの動きは分かりませんが、その辺も変わっていっている様な気がします。

    tsuyoshi

    27 5月 14 at 5:43 AM

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