フィラデルフィア写真紀行

写真センターの運営や作家活動から、アメリカの写真事情や文化の違いまで…

一回目のレビューが終わって

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スタジオから見える大きな空

スタジオから見える大きな空

この2週間で集中的に行なってきた第一回目のレビューがようやく終わった。4人の講師がスタジオを訪れて日本から持ち帰ってきた参加者の作品を7日間かけて各生徒のレベルに応じてどんな事が課題なのかカメラの前で語ってもらった。

今回よばれた講師も普段から教えているとはいえ、さすがに2日間もかけて22人のポートフォリオをレビューするのも簡単なことではない。話を聞いていてよくこれだけ違うことがいえるものだとさすがに感心させられる。

これは今まで量を教えてきたということもあるが、今までいろんな写真家に教わってきた経験もあるだろう。このレビューを目の前で聞いているだけで、写真を教える時の「ボキャボラリー」が増えるとともに、アメリカ写真界の系図みたいなものをとても実感した。

その一方で参加者達には今回のコースでは国や文化を超えた人に自分の写真を見せることで、各自が持っている「assumption」を浮き彫りにして、そして自覚することを通じて写真を学ぶことができないかと思う。

なかなかいい日本語が見つからずについつい「assumption」という言葉を会話で使ってしまうのだが、辞書をひくと「仮定」であったり「事実として決めていること」などという言葉が出てくる。基本的にはメガネをかけてものを見ている時に、自分がどんなレンズを通して見ているのかという例えができる。この「レンズ」が「assumption」であり、普段からかけているものだから、当然の様に自分には当たり前のように感じるものである。

そして同じ土地や文化の中で育った人には自分と似たようなメガネをかけている人がいるだろうが、これを他の文化に持ってくると、自分の使っているレンズとの「違い」を意識せずにはいられないと思う。こういう「違い」を通して、いかに自分の写真に対して客観的に見ることを勉強をして欲しいと思いそもそもこのコースの企画した。

今回一つ一つのレビューを聞いていて、いろいろ考えをまとめてみた。この点を毎月のウェビナー講義などで参加する人達とディスカッションを進めることができればと思っている。

  • 間違いなのか、それとも意図的なのか?
  • 何を撮っていて何を見せたのか、又は何を伝えたいのか?
  • まずは写真の中に写っているものを何か?
  • 写真に写っているもの同士の関連性をどのように作るのか?
  • 何が写真に写っているのか、そして写っていないのか?
  • どのように写真の表現を単調にせずに、豊かにしていくのか?
  • まだ一枚の写真を作る段階なのか、それとも残りは編集だけなのか?
  • コンセプトとアイデア/きっかけの違いとは?
  • 自分の視点という物をどのようにして表現するのか?
  • 自分が撮影している時に感じたことが、どれだけ見ている人に伝わるものなのか?
  • 作品がどの時点で完成するのか?そして作品が完成に近くなったら何するべきか?
  • 写真の中で使われているレファレンスは文化を超えて理解してもらえるのか?
  • 本当に日本人らしい写真や感性というのがあるのか?

そして撮影したビデオ自体は30時間位に及び、現在それをいかに効率よく日本語にするかということがスタジオで行なわれている。録画された「知識」をフィラデルフィアにいるスタッフやボランティアそしてドイツで翻訳を手がけている人と作業分担をしていっている。

そしてもう一つ準備をしているのが25日に始まるウェビナーである。一連の撮影を手伝ってくれたGraceと技術的なことをカバーしながら準備を始めてきた。講義の内容としては参加者が幅広く学べそうなことをピックアップした公開レビューと写真家を実際に招待して作品の紹介をインタビュー形式で行なう予定である。ONWARD Japanのブログで予告編として教材を少し見せているが、今回登場してくれる作家はStuart Romeである。今回の講師の一人であるAndreaと一緒に教えている人でもあり、ローチェスターにあるRITでJohn Pfahlから写真を学んたという経歴も持っている。

このコースを思いついてから3ヶ月後に、やっとのことで自分がやりたいと思ったプログラムの内容が形になってきた。いろんな意味で可能性を含んでいるプログラムになりそうだ。

Written by tsuyoshi

6月 22nd, 2014 at 7:54 am

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