フィラデルフィア写真紀行

写真センターの運営や作家活動から、アメリカの写真事情や文化の違いまで…

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鬼海さんとSummitの手伝いをした学生ボランティアのCharles

ここ数年、日本との行き来をすることが多くなった。去年などは計算してみると合計3ヶ月を日本で過ごしたことになる。

これだけ日米両方の社会を行き来していると、いろいろと不思議に思うことが沢山ある。なかでも気になるのは、いかに日本とアメリカの間で情報が伝わっていないかという現実である。21世紀になり、インターネットで情報が飛び交う時代であるにも関わらず、なかなか情報が伝わっていないのが実情である。「一見便利になった」世の中で、ここまで「温度差」や「意識差」があるのかと驚くほどである。

もちろん場所や時間が変われば情報の価値は変わっていく。例えばフィラデルフィアで行われるコンサートの情報を、東京で活動するバンドのファンが知ってもあまり価値はないだろうし、今年の木村伊兵衛賞を誰が受賞したかという情報は、NYで写真をやっている人にはあまり価値がない。つまり、ここで問題にしたい「情報」とは、その場所(local)の流行などや、現在行われていること(timely)に限定された情報のことではない。

情報のなかでも更新のサイクルが長いものが沢山ある。前回書いた「form&content」のように写真やアートの見方などの情報は、時間が経っても変わる訳ではない。アメリカのアート教育では当たり前のように使われているコンセプトやツールであるにも関わらず、日本では全くと言っていいほど知られていない。またはアーティストがどのようにして自分の作品を世の中に出していくのかなどの情報も最近では簡単に手に入るようになってきた。実際にGoogleで「marketing for artist」と検索すると、1億件ほどサイトが見つかるほど話題性があるのに、その「話題性」みたいなものが同じ温度で日本に伝わっていないのだ。

今は情報を得るチャンネルとしてFacebookやツイッターを含む、ソーシャルネットワークやブログの役割が大きくなってきている。少し前まではテレビのニュースから得ていた情報をこれらの方法で得ることも珍しくない。ただ問題なのは、これらの情報がとても「歪んでいる/schew」という点である。普通の人のアカウントに現れる「つぶやき」の半分は、全ユーザーの0.05%(2万人)の人から発信されているそうだ。このことからも、少数の人の意見がいかに拡大され、消費されているのかが分かる。また最近日本でも話題になったが、サイトで見られるレビューが実は操作されているという現実もある。ここまでインターネットの裏で情報が売買されている時代になって、「中立な情報」はないと思った方が正しい。

さらに問題なのは、このような「情報のバキューム」を利用してビジネスが成り立っているという事実である。つまり外で起こっている物事や状況を人々が知らないことを前提にしたビジネスモデルが存在し、この時代になってもまかり通っているのである。例えば海外の情報を「専門家」として教えるものがあったり、海外で「有名な人」を連れてきて、そのコンテクストを説明せずにその人の「地位」だけで読者を圧倒するものがある。これは決して目新しいことではないし、写真に限った話でもないのだが、端から見ていると不思議でしょうがない。

もちろんマーケットに競争が存在すればそのような状況は自然と崩れていくはずなのだが、マーケットが独占状態になっているとそのビジネスの思うがままである。そしてそこは「情報発信の場」と称され、消費者はそのビジネスが発信する情報に対する代償として「料金」を支払うことになり、先程例として挙げた「拡大効果」がどんどん増していく。

ただこのような状況が分かっていても、実際には言葉の壁があったり、現状をどう変えていけばいいのか分からない人もいると思う。 そこで写真に限った話ではあるが、こんな具体的な提案をしてみたい。

  • 海外で写真活動をする為に役立つ情報が日本語で整理されたサイトを作る
  • 情報だけにとどまらず、how-toものの記事なども掲載する
  • 海外で実際に活動をしている人と日本で活動をしている人の両方が編集に加わる
  • 基本的に全ての作業をボンランティアで行う

このサイトに来れば、世界中でどんなことが行われているかが一目で分かるようにする。どのようなリソースやチャンスがあるのかということを、できるだけ網羅して紹介する。そして情報の羅列だけにとどまらず、実体験を元にhow toものの記事を書いていけば、もっと情報の現実味が増していくだろう。

情報が整理されていれば、それぞれ自分に合った狙いを定めることもできると思う。そして一番のメリットは、表面的なことや基本的な所でつまずくことなく、自分の力を入れるべき所に労力を費やすことができるようになる点である。このようなサイトを通して物事をみるともっと世界が広がるだろうし、海外に出る一歩一歩のステップが具体的になる。

Shoot Local, Think Globalという思いで、このプロジェクトを始めたい。

(もし興味がある人はフォームから連絡をください

Written by tsuyoshi

2月 21st, 2012 at 6:23 pm

Posted in 日本写真家

Form and Content

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写真やアートを見る時に、ただ漠然と見るよりは何らかの「物差し」があると見ているものに対する評価が具体的になっていく。そして具体的になっていくと、感覚や感性などという主観だけでなく、客観的に比較する事ができ、全く違った感覚を持っている人とも理解を共有できるようになる。

その「物差し」となるのが、Form&Contentである。この見方を最初に学んだのは、10年も前に参加したAndrea Modicaのワークショップだった。

FormとContentというのは、色々なアートを批評するのに日常使われている「物差し」のひとつである。Contentというのは「内容」を意味し、写真の場合には実際に写っているものである。Formというのはその「内容」を写真の構造上、そして視覚的に支えているもので、例えば、構図・フレーミングやプリントの仕方などである。これらはどのように内容を「見せているか」ということ全般に関わる。

このように説明をすると少し話が難しくなるので、クラスを教えている時などは「what」と「how」に分けて話をする。「what」というのが内容であり、「なに」が写っているのか、そして「how」は方法であり、「どう」写っているのかを指すのだと簡単に説明をする。そうすると少し取っ付きやすくなるようだ。

「what」の極端で典型的な例として報道写真がある。報道写真は、実際の「内容/content/what」が見る人に分かる程度写っていれば成立することが多い。つまり、内容の持っている「力」があまりにも大きい為、実際にどう撮られたのかが影響を及ぼすことが少ない。

典型的な「how」の写真の例はなかなかないのだが、例えばアート写真が挙げられるだろう。最近亡くなった人だが、Jan Grooverという写真家がいる。彼女の代表的な作品はキッチンにあるものを撮った静物写真である。このような写真を見ると、内容はともかく、構図、光、色など、写真家が「どう撮った/form/how」ということが重要になってくる。ある意味「内容が無い」写真といっても過言ではない。

このように、「what」と「how」の写真は対局するものなのであるが、それを0から10までのスケールにしてどちらの比重が大きいのかと考えると分かりやすい。白黒はっきりするというのではなく、どちらの方に近いかとという感覚である。

そして「いい写真/成功している写真」というのは、このFormとContentのバランスがとれているもの、つまりスケールの5に当たるものである。被写体の力だけでなく、また写真家が決定する方法だけではなく、両方のバランスがとれていて、お互いの関係がうまく作用した写真のことを指す。

このようなスケールで写真をみると、その写真の「方向性」が見えてくる。自分の写真が客観的に「どちらに偏っているのか」が分かり、何が足りないのかを意識できる。もちろん先程の報道写真やJan Grooverの写真は極端な例であり、実際には中間のどこかに収まる写真の方が多いであろう。

毎回初心者のクラスで説明することだが、写真というのはもともとカメラの前にあるものを「正確に」描写するため、「what」というのは大概の場合は問題なく存在している。ただ、その「正確な描写」だけに頼るところが多く、実際にどのように撮ったら効果的かという部分まで考えが及ばない写真が歴史的にみてもほとんどであるというのが問題なのだ。家族旅行の写真(英語でいうsnap写真)や何かの記録の為に撮った写真(documentation)はこの類に入る。もちろん全ての写真がFormとContentのバランスをとる必要などは無く、それそれでその写真の役割を果たしていればいいと思う。

しかし写真を使って「作品」などを作っている場合はまた違い、このようなクリティカルな考え方や見方がとても重要になってくる。まずは自分の写真や他の人の写真を見る時に0から10のスケールに入るのか考えてみることが良いトレーニングになると思う。そしてどのような「要素/element」がどちらに属するのかということをリストアップしていくともっと明確になるだろう。

このような方法で今までぼやっとしていたものに輪郭をつけると、いろいろなレベルでの理解に繋がるのではないか。今まで好きか嫌いかの主観でしか話せなかったことを、もっと「建設的/constructive」に話せるようになると思う。

写真やアートを見る時にただ漠然と見るよりは何らかの「物差し」があると見ているものの評価が具体的になっていく。そして具来的になっていくと感覚や感性などという主観だけでなく、客観的に比べる事ができそして理解を全く違った感覚を持っている人とも共有できる。

Written by tsuyoshi

1月 26th, 2012 at 8:10 am

大晦日

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今年は日本との行き来が多い年だった。

そして毎回来る度に、関わっているプロジェクトが少しずつ違うのも特徴。という事で今日は新宿でキカイさんと来年フィラデルフィアで行われるイベントの打ち合わせ。年末の新宿は沢山の人混みで、その中を歩いていった喫茶店で話しをする。

今回は新しい試みとして、ONWARD Compéの審査員を行ったTodd Hidoとキカイさんを招いて、ONWARD Summitというイベントを2月に行う。そのイベントの準備を2ヶ月位前から行ってきた。レクチャーとネットワーキングを兼ねたイベントで場所なども借りて、少し規模を大きくしたイベントである。丁度フィラデルフィア美術館で来月の半ばから行われるZoe Straussの展示についても、彼女とキュレーターのPeterと一緒にプレゼンターとして参加してくれるという事で、地元の話題もカバーしてバランスがとれたものになりそうだ。

アメリカを発つ前も,先日行われるプライベートパーティーを開いてくれる家での打ち合わせをしてきた。スタジオでクラスをとってくれた人で、町の中にあるモダンな家を開放して協力をしれくれるとの事。料理の事やそこで行われる小さな展示についての細かい事を話す。

このようなサポーターや今まで話しを続けてきた便利堂などもできる範囲でサポートしてくれるという事で,いろんな人ととの繋がりで形になっていく。

イベントまで後一ヶ月である。

Written by tsuyoshi

12月 30th, 2011 at 6:36 pm

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ビジネスモデル

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友達をお昼を食べている時に、「学校っていうビジネスモデルこれからは通じないのでは?」なんて聞かれた。

確かに今はインターネットを見ると「学ぶ」という機会を見つける事はとても容易い。個人のブログから、製品を作っている企業や小売店など知識をコンテンツとして広める事で成り立っているものが多いからであろう。そういう環境を考えると、お金を払って教えてもらうというのはこれからなくなってしまうのではないのかと思うほどである。

そんな事を考えながらでは何を次ぎに考えればいいのかという問いがどうしてもでてくる。このような課題をこの3ヶ月位スタッフと機会がある度に話しをしてきた。今のモデルから徐々に変えていくとしたらどのような可能性があるのだろうと。

そのような事を考えている時に、HPがコンピューターを製造販売する部門をスピンオフさせるというニュースを聞く。世界のシェアーでは一番大きいのにも関わらず、利率の悪い部門でこのようなビジネスモデルは続かないと思ったのであろう。その悪い利率というのは6%とと言われ、日本の企業の利益率を考えると、決して低い数字ではないかと思う。ちなみに絶好調なアップルは20%以上である。

そして新しい方針として、ソフトウェアーの会社を買い取りビジネスの中心にしていくようだ。まさにIBMが行った改革と一緒であり,その大きな改革のおかげでIBMはとても好調である。

さてこれはテクノロジー系の大きな会社の話しであって、うちの様な小さなビジネスに当てはまるかというのが疑問でもあるが、とにかく次なるビジネスモデルを考えていくのは重要な課題であろう。来年からは少しずつこのような試みをしていくつもりである。

Written by tsuyoshi

9月 19th, 2011 at 10:59 pm

東北へ

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Kesen-numa

夜行のバスで仙台に向かう。

日本では電車で動く当たり前の様な気がしていたが、今回は時間をうまく利用する為にバスでの移動。朝の5時半には仙台に着く予定である。

今回はタニさんと友達に紹介をしてもらった人をツテに三陸から東松島まで震災の様子を見てこようと思いこのような旅にでる。

今回の震災で誰もが考えた事であろうが、この二ヶ月自分がどんな事ができるのかという事を考えた。今回の地震が起こる2日前にアメリカに帰り、地震が起こってからアメリカから報道を通して様子を追ってきた。その間実際に日本に来る事も考えたし、フィラデルフィアから何らかの形で何かできないかという事を考えた。ただ事情も分からずに、報道からの情報だけを頼りにして考えを巡らせてもしょうがないと思い、実際に現場を見てどんな事ができるのかという事を探ってみようと思っていた。

来る飛行機の中で隣りにいた日本人の人と話をした。会社を3週間ほど休んでボランティアとして被災地に入る事を考えているようであった。NYででも友達と協力をしてチャリティーのイベントに携わってきたようで、今回も被災地でビデオを撮影しある種のドキュメンタリーを作れないかと考えているようだ。いろんな思いがあるのだなと考えさせられた。

実際2週間前ほどにNYにいる友達に電話をした時には彼女は義援金を募る作業がNYの日本人のコミュニティーでは頻繁にある事を話していた。さすがにそこまでフィラデルフィアでは日本人の人数が少ないためか,そこまで頻繁には行われていない。

アメリカのメディアでは日本の事は一面には報道されなくなってきている。日本のメディアのほうは、お決まりの型にはまるニュース以外は被災地のニュースは減ってきて原発のニュースが中心である。何かもっと違う視点から伝えるとこができないのかと思っている。

何ができるか分からないがとにかく実際に見てみよう。

Written by tsuyoshi

6月 5th, 2011 at 6:38 am

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向上心

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午後にスタジオ出ると、道はにわか雨で濡れて,空にはどんよりとした雲が広がっていた。少し違和感があり,なぜかと考えてみると、3日ほどスタジオから出ていない事に気付く。

この1週間半ほど毎日、朝から晩までコードを眺めている。夏のスケジュールを発表するのと同時に、サイトをもっと使いやすくする為にデザインや細かい仕組みを変える作業をしている。機能的な所だけではなく,情報を整理をしていかに明確にするかという頃を考えたデザインの変更が主な仕事である。

その一方表計算の作成と会計士とのミーティングの繰り返し。いかにこれからビジネスと自分のやりたい事をバランスとっていくかというのが課題である。クラスやワークショップの収入と支出を一つ一つ調べていって、数字上どういう仕組みになっているかという事を把握する作業をしている。ビジネスは数字のことを知ってくるととても楽しくなる。

その他にも、どのようにしてクラスやワークショップの質や満足度をもっと把握して数値化していくという事も始める。クラスを担当しているJacobはこの学期の生徒全員に電話で短いアンケートをとったり生徒からの問題点の指摘や提案を聞いている。生徒の声を以下に活かせるががとても重要になる。

この作業はこの1年かかりようやく基礎ができていきそうだ。日進月歩であると言い聞かせて、少しずつ向上していることを感じる事が重要なのであろう。

Written by tsuyoshi

4月 29th, 2011 at 6:47 pm

界隈

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昔通っていた釣具屋

日本に着いて早速、2-3日外を出回る。さすがに時差ぼけがすごく夕方になってくると無性に眠くなってしまう。

今日はゆっくりと朝から来年の予定を立てる為いろいろな人とやり取りをする。スポンサーから雑誌社と写真関係の人達から、これから進行させたいプロジェクトの為にも人と会う。どんなにインターネットなどで繋がっていても、実際に会って話しができるのは,はかどるスピードが違う。朝に4件の予定を取りまとめる。

その後近くの駅までお昼を食べにいく。昔よく通っていた商店街や途中で覚えている友達の家などを確認しながら15分位の散歩。この駅はうちから距離的には近いのだが、普段は全くといって使わない。3年前に始めて来た時は駅前も再開発され昔の感じががらりと変わっているという印象しかなかった。

そのなか駅前の商店街を歩いていくと昔からあったペットショップや八百屋さんなど昔と変わっていない所を沢山見つける。八百屋さんなどの狭い場所にごちゃごちゃと並んでいるの見ると何とも懐かしく,心地がいい。こんな所をもう少し時間をかけて写真を撮れないかと思う位である。この様な湿気を含む風景が懐かしいのであろうか。

最後に写真を撮ったのは昔通っていた釣り道具屋さん。今は店が閉まっているのだろう、外見は昔と変わっていない様子であった。一瞬過去に戻った様な錯覚を覚える。

Written by tsuyoshi

12月 28th, 2010 at 11:05 am

Posted in 日本訪問