フィラデルフィア写真紀行

写真センターの運営や作家活動から、アメリカの写真事情や文化の違いまで…

時間の中のポートレート

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写真を撮ってくれないかと言うので、市の裁判所から出てきた後に、人気の少ない路地で写真を撮る。

妊娠8ヶ月ということで、ずいぶんおなかも出ている。さすがに体のなかでいろいろ起こっているようで裁判の番を待っている間少し落ち着かなかったようだ。この感覚は男の僕には分かりたくても分からない物なのだろう。なにげもない壁をバックに3−4枚撮る。この子が大学行く前に写真をちょうだいねと冗談を言って、お昼の人ごみの多いマーケットストリートでわかれる。

昔は8×10で何枚も撮った。その中で実際に彼女が持っている写真が何枚あるか分からないが、こんな感じで気さくに撮っていた様な記憶がある。カメラの前でただ自然にしていれさえすれば,写真が何枚でも撮れた。たまに物を探しているとネガに出くわすのだが、今思えばもう8年位も前の話しである。

何が変わったのだろうか、あれから。そして何が変わっているのだろうか、いまは。久しぶりに暗室でプリントをしている時にそんな事を考えさせられた。

8×10の印画紙に調子とおおい焼きををかえ3-4枚ほどプリントする。この写真が残って欲しいと思い、定着も洗浄もしっかりおこなう。何とも不思議な感覚である。

Written by tsuyoshi

9月 3rd, 2010 at 1:11 pm

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視点を変えて

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MargeとJames

ちょうど久保さんが帰った後にすぐ大工友達のMargeがNYに来る予定があるので,そのままフィラデルフィアまで足を伸ばそうと考えていると連絡が入ってくる。この頃作業が進んでいないコンピューターラボの机を作るのを手伝ってくれることになる。

さすがにMargeとは長い間一緒に作業をしてきた為、感覚や呼吸の合い方が全く違う。ここまで作業をしていてスムーズにいく人が近くに住んでいてくれればと思うほどである。一日目に大体の土台を作り、一列目を作る。こうすると大体どのような作業が必要になるかわかり、後は分担して作業をしていく。助けが必要な時は二人で作業をするが、基本的には個人で一つ一つの作業をこなし、二人の作った物を合わせると一つの完成品となる。個人的にはこのような形の関係はとてもしっくりくるものがあり,普段の人間関係や恋愛でもこんなことができたらなと思うほど理想的である。

そしてMargeと作業していて楽しいのは,作業中にいかに効率よくそして見栄えがいい物を作れるかというアイデアを気軽に出して話せることがある。お互いに自分の主張にこだわる訳でもなく、ただ単に理が通っている方の意見を尊重し、作業を進めていく。もちろん二人で間違った方法を考える時もあるが、そこで二人で解決策を考えていく。本当の意味でコラボレーションしている感じである。おかげで三日間で机を一通り作り上げた。

この作業と同時進行でカヌーを探してきた。日本にいた時はキャンプなどを頻繁に行っていたのだが、その時はカヌーなんでできればななどとうっすらとしか考えていなかった。しかしアメリカに来てからはそんな事はすっかり忘れ、こちらに来てからキャンプも行った経験がないほどだ。それがマサチューセッツでカヌーを見てから再来したという感じである。個人売買のサイトなどを散々探したあげく、最後は車で2時間近く離れたNJのビーチタウンまでカヌーを取りにいくことになる。2日目の作業が終わってからでた為帰ってきた時は夜中の12時を過ぎていた。

そして早速次の日の朝7時にカヌーを車の上に乗っけてSouth Jerseyに向かう。さすがに普段撮影に行っている所までは足が伸ばせないため、比較的近場で湿地帯を散策できないかと地図で場所を探す。 そして実際の場所を見つけ,ボートランプに向かおうとしたら、電線の工事をしている人達にもう一つの場所を紹介され向かう事にする。地図を見てもらうと分かるが、高速の下をくぐり北東の方に流れている小さな小川を2時間位かけカヌーを漕ぐ。

この音の静かさとこの視点の低さ、そして水の上でも自由に動けるという開放感がたまらない。

作業中のMarge

Written by tsuyoshi

7月 2nd, 2010 at 8:44 am

緑に囲まれて

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Gravureの銅板

夜中の3時に目が覚める。今夜はどうしてか寝付けない。

窓の外は一晩中虫の音が聞こえ、たまに走り去る車の音以外には全く静かである。唯一の外灯が映し出している木の影がシーツの上にきれいな模様を作っている。携帯の電波も届かず、そしてインターネットもなく全く外界から切り離され、この緑に囲まれた場所で2−3日を過ごしてきた。

マサチューセッツにあるWilliamsburgという小さな町に泊まっている。フィラデルフィアから車で4−5時間位離れた所であろうか,実際は電車とバスを使ってきた為6時間位かかった。今回は久保さんとJon GoodmanのスタジオでPhotogravureのワークショップを受けるのが目的でここまで来た。町の中心に小さなお店が数件と図書館と銀行が一つある本当に小さな町である。人口は3000人位だとJonが言っていた。

こんなにフィラデルフィアの生活と離れた様な旅行はとても久しい。久保さんがアメリカに来る前にスカイプで,今回の旅行はあまりにも繋がらない旅になるとは伝えておいたが,実際にこうして体験してみるといかに自分の生活がスタジオとのやり取りで成り立っている事を実感する。

日本にいる時などは距離的には離れているが,実際の連絡はとても身近かである。実際夜中にチャットの音で起こされる事が頻繁にあるくらいである。もちろんそれくらいにしていかないとスタジオに残っているスタッフが困ると思っているのだが,今よく考えるとあまりにも近すぎる。実際にこんなに繋がっている事が必要なのかどうかが疑わしいし、なぜコンピューターを切るという事ができないのであろうか?

この頃スタッフの人達と一緒に毎日の時間をどのように過ごしているかという事を時間単位で記録している。いろいろな種類の仕事をしている為、どんな仕事にどれ位時間をかけているかという事を把握するのが目的である。そしてその記録を元に、仕事の内容と割り当てる時間を決めたスケジュールを作れないかと考えている。細かく分散化された仕事や周りからの連絡でやらなければいけない事ををまとめる事によってもう少し効率をよくするのと、一つの作業に集中して取り組める時間を作ろうとしている。

そして一日に2−3時間は電話やメールでの連絡を意識的に切り、決めた作業に集中するという事も行ってみようかと思う。最近は電話の数もスタジオに訪れる人も少しずつ増えてきている為、その対応にスタッフの時間が費やされてしまう。もちろん当たり前の話しではあるが、もう少し入ってくる連絡に秩序付ける事によって集中できる時間を少しでも守りたいと思う。

最近アメリカではインターネットやコンピューターや電話が小さくなり日常の生活のなかで切り離せなくなってきている状況に問題を投げかける記事や本をよく見る様になってきた。基本的な社会的エチケットことから実際に人間の脳の使われ方が変わってきているということまで問題は幅広い。そしてこんな現代の生活の中心にはマルチタスクや作業能率に対するある種の信仰がある。

しかし実際には人間の脳は一度に一つの作業しか集中できず、マルチタスクすることによって自分の判断力が鈍っているという事はいろんな研究で明らかになっている事である。そして情報がいろんな形で入ってくるのに集中している為,一つの事に集中できなかったり,物事について深く考えるということができなくなっているようだ。

スタジオにいるスタッフやボランティアの人達の行動や文章を見ていると、物事に集中できていないかということが気になる。そして自分の行動もよく考えるといろんな事に考えや目がいき集中できていない事にも気が付く。とにかくそんな所から変えていきたいと思っている。

Jonがプレートをエッチングしている時に、どんなに急いでいても一つずつしかエッチングをしない事がルールで、時間を短縮する為のいろいろな方法は最終的には時間を短縮していないという彼の経験から来ている言葉が印象に残っている。根本的な問題とは考えるほどもっと身近なのだろう。

Written by tsuyoshi

6月 20th, 2010 at 12:24 pm

動画の世界へ

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今年からビデオを撮り始めている。どちらかと言ったら記録の為であるが、何か面白い事ができないかと考えて数ヶ月前に小さなビデオカメラを買った。

今年はすでに生徒と一緒に行くNYのギャラリーツアーや、ClayやBillが行ったレクチャー、そしてワークショップなども撮影してきた。もちろん編集のソフトを学んだりないといけない為、まだ利用している訳ではないがある程度素材がたまってきたらスタジオの事を紹介する様に一つビデオを作れないかと考えている。最近ボランティアとして入ってきた子の中でビデオや編集の事をよく知ってい子も何人かいるようだ。彼らの力を借りて一つ面白い形でProject Bashoの紹介をビデオでしたいと思っている。

その片一方、クラスなどを撮影して他の講師がどのように教えているかという事にも使っている。最近トレーニングしたLaurenとAlyssaがこの夏からクラスを教えるため、最初のクラスを撮影する。そのビデオを見て教え方のトレーニングを行っている。これも一つ有効な利用方法であろう。

最初のビデオはWall Projectということで、数ヶ月前から始めているスタジオ拡張工事の様子。Raymondが手伝いにきてくれて、隣の塀をきっている所を撮った。この作業は2日半位かかったが、切り開けた所にドアを取り付ける事まで、Raymondと一緒に作業した。

さすがに慣れているRaymondは器用に片手でこの強力なカッターを扱っているが実際はそうはいかない。カッターの重さとかかる力を制御するのはなかなか大変である。その一方コンクリートをバターを切るかの様に切っていくのは見ていても楽しい物である。

とにかく音がうるさいが、今見ると結構楽しい。次回はうまく音楽なんかを流せればなと思う。

Written by tsuyoshi

6月 5th, 2010 at 2:25 pm

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連休

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今週末はMemorial Dayという事で土曜日から月曜日までスタジオを休む。アメリカではMemorial Dayを過ぎると本格的な夏の始まりという感じであろうか、学校が休みになったり、天候の方も実際に暑くなっていく。

3日間連休なのでスタジオには全く人が来ない。当たり前の事なのだが、こんな事がなかなかない為、自分でも信じられない。こんなに長い間誰もいないスタジオにいたのはいつだったかと思うほどである。普段は毎週土曜日は休みになっているが、実際にはワークショップなどが行われたり、時間さえあれば何か作業をしているので、休んだという感じはいっさいしない。ビジネスを変えるためこの辺から変えようと考えているところである。

さすがに人がいないという事で、普段なかなかできないコンピューターのことを手がける。まずはシステムのアップグレードから。なるだけ一番新しい物を使う事は極力避けているのだが、今回の自分のラップトップが治ってから10.6をテストとして導入してみたら、スピードが早くなっている事に気付く。プリンターとの相性が悪いと言われている為使ってこなかったのだが、オフィスで使うコンピューターだけでもアップグレードすることにする。

自分のラップトップも含め、スタジオには4つほどスタッフが主に使うコンピューターがある。2階のオフィスにあるものはサイトを作ったり、ウィンドウズで帳簿を付けるのに使ったりするものでアシスタントの間では一番使われているものである。1階にはクラスの申し込みや支払いを受け付ける子が使っているラップトップと受付にあるiMacがある。これらのコンピューターのバックアップを一時的にとって、ハードドライブを書き換え、システムをインストールしていく。

バックアップはCarbon Copy Clonerというソフトを使い一つ一つのイメージディスクを作っていく。普段ネットワークを介してバックアップとっているものも一時的に行う。とても頼りがたいソフトだがハードドライブが大きくなるにつれて作業の時間が長くなっていく。とにかく長い間待っている時間が多い作業である。インストールをしてからバックアップした物を一つ一つ戻していく。こんな簡単な事でも普段は人がいる為に一片に作業ができない。

今試験的に行っているのが、POSの導入。さすがに物を売っている訳ではないのでそんなに品目がある訳ではないが、とにかくレジを入れようとしている。さすがにMac用にはあまりこのようなビジネスのソフトがないため探すのに苦労したが、Checkoutというソフトを見つける。

このソフトがコンピューターにさえあればどのコンピューターからもセールスを入力する事ができ、すべての記録をストリームライン化できる。そしてこのソフトを通してサイト上のショップとも結びつける事ができるらしい。そんなに複雑な事はできなさそうであるが、とにかく試験用のコンピューターにレジやレシートプリンターなど全て繋げ試している。このスタジオの様なシンプルな環境であるならかなり使えそうである。今月中には実際に導入してみたい。

そしてもう一つの大きな課題がサーバーである。今までもサーバーを使っているのだが、いまいち完全にうまく機能していない。DNSやOpen Directoryみたいな基本的な所の設定を理解しないで立ち上げたので無理もないのだがその辺を前から変えたいと思っていた。そして新しいサーバーを使う事によって、もう少し入り込んだことができるようになると思い、前々からいろいろと本やビデオを見ながら勉強してきている。たださすがに実際に0から設定するのはと思いなかなか手がつかなかった。

今まで使ってきたファイルサーバー以外に基本的にやりたいことは、バックアップの仕組みを完全にすることや10.6のサーバーの特徴であるアドレスブックのシェアーやiCalのシェアーなどを利用したい。そしてゆくゆくはOpen Directoryを使ってスタジオにあるどのコンピューターを使ってログインしてもユーザーごとに常に同じ環境で仕事ができることをしたいと思っている。アシスタントの間で作業するコンピューターが日によって変わる日がありその度に使う環境が全く違ってしまう。

このサーバーを使う事によって、クラスの部屋にあるコンピューターも管理できる様になる。ユーザーがどこまで基本設定をいじることができるかなどをコントロールすることができ、このように数あるコンピューターを一度に設定でき力を発揮する。使う人によって環境設定を勝手に変えててしまうことがあるので、どうしてもその辺りを変えたいと常に思っていた。

もちろんITの人に任せれば簡単にできる事で特に高度な事をしている訳ではないが、素人がやろうとすると時間がかかる。この3日でDNSやOpen Directoryの基本的な設定とバックアップサーバーの設定は問題なくこなし、ちゃんと動いているようだ。後はWorkgroupの管理などをすれば他のサービスを使う土台ができる。なかなか時間がかかるが一つ一つ理解してくると楽しくなっていく。こんなゆっくりとした3日間を過ごした。

Written by tsuyoshi

6月 3rd, 2010 at 6:04 am

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Photo Festival in Philadelphia

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日本から帰ってくるといろいろな物が同時に壊れる。

まずはいつも使っているラップトップ。乗り継ぎの空港でメールなどをチェックしていたのだが、スタジオに帰ってくるとハードドライブに問題があり立ち上がらない。チェックをしてみると実際にハードドライブが痛んでいるらしい。新しい物に取り替え、立ち上げようとしたが、それでも立ち上がらない。これでは自分では直せないので、アップルストアーに持っていく事にする。特にこの3ヶ月ほどラップトップの必要がないので、テスト用に使っていたiMacにデータを移して使い始めた。

次はスタジオで使っているプリンター。同じ物が2個あるのだが、その一つが問題を起こす。どうやらフューザーが壊れているようだ。部品を取り寄せても$100近くかかり、もう5年位使っているので、新しい物と交換することにする。このプリンター用にトーナーを沢山買っておいたのだが、プリンターが先に壊れては…。5日後に新しいプリンターが到着。

そしてサーバー。日本にいる時にファイルサーバーのコンピューターのスイッチが壊れて立ち上げられないと連絡が入ってきた。中古で買ったG4を使っているのだが、スイッチは最初から問題があった。いつもは自動的に立ち上がる様になっているのだが、あまりにもファンの音がうるさいため人が泊まっているときは朝は勝手に立ち上がらない様に設定した後だった。スペアのマシーンからスイッチの部分を交換して使える様になる。早くiMacにサーバーを移さなければ、と思っていた矢先である。

そんな事をやっている時にRon Tarverという写真家から連絡が入る。彼はフィラデルフィアの新聞社でも撮影し、その傍ら自分の作品も作っている。数年前にスタジオに取材に来たのもRonであった。

連絡の内容はフィラデルフィアでPhoto Festivalをやりたいという投資家を見つけたというものである。Ronは元々90年代にフィラデルフィアで小さな写真のイベントを何年か続けていたという事を教えてくれた。数年ほど続けたのだが、最終的にはフルタイムできる人がいなかった為に他の団体に譲った後自然消滅してしまったらしい。数字的にはどれ位の人が集まっていたのかよくわからないが、彼に言わせるとよく人が参加してくれていたようである。さすがに一週間などと長い物ではなく、一日で全てが終わるかなり短いイベントであった。

アメリカにはPhoto Festivalと言われる物が各地で開催されている。ヒューストンで二年に一度行われている大規模なFotoFestからバージニアでのLookや今月あったNYでのNY Photo Festivalなどがある。また今月訪れたBillが個人的にやっているPhotostockなど、規模は違うが各地で広がってきている。もちろんAIPAD用にギャラリー主体で売買が中心のイベントもあるが、”Photography Festival”というと一般の人が参加できるようなの物が普通である。

自分なりにもできる範囲でどんな形のイベントができるのかという事を長い間考えてきた。もちろん規模によるが組織力と資金力が必要になるものである。数回だが、このようなイベントができる過程みたいな物を見て来た。成功する物の陰にはもちろん「失敗」したり誤算があったりする物が沢山あるものだ。やはりかなり用意周到にやらないと物が形とは表向きなるが、自分の普段の仕事に支障が来たり、やっている人が燃え尽きてしまったりもする。何か始める時に起こる事である。

今回はイベントのサイズにもよるが、かなりresourceが必要なもので、どのような金額が集められるのかが興味のある所である。そして後はどのようなイベントをやっていくか、どんな人を巻き込んでいくのかなどという考えなければいけない点が沢山ある。とにかく今回はミーティングを設け、Photo ReviewのStephenと新しくできたPhiladelphia Photo Arts CenterのSarahとでアイデアを出す事になる。どうなるか楽しみである。

Written by tsuyoshi

5月 26th, 2010 at 2:19 pm

オーストラリア、バンコク、そしてDC

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Hiro Muramoto

朝オーストラリアにいるJohnからメールが入ってくる。

Johnは東京のReutersの写真部でインターンをしていた時からの友達である。彼は半分日本人とオーストラリア人のハーフで報道カメラマンとして働いていた。長い間連絡が途絶えていたが,最近ではスカイプなどのおかげでちょくちょく連絡を取る様になり、現在は日本人の奥さんと一緒にシドニーの郊外で写真家としてやっているようだ。

朝の10時に送られてきたのであちらの時間では夜中を過ぎていたのだろう。彼のメールには短くヒロがバンコクで亡くなったと書かれていた。ヒロさんはReutersでビデオカメラマンとして働いていた人で、歳が近かったせいもあり、Reutersのオフィスに行く度にJohnなどと一緒につるんでいた知り合いである。

早速、検索してみるとバンコクの暴動でReutersのジャーナリストが亡くなったというニュースが冒頭にでてくる。確かに週末ヘッドラインを見たが記事の中までは目を通さなかった。

Hiro Muramoto, a 43-year-old Japanese national, was shot in the chest and arrived at Klang Hospital without a pulse.

最初に出てきたニュースにでていた写真は僕が覚えているヒロさんと変わりがなかった。彼が最後に撮った生々しいfootageが見れたり、奥さんと子供が二人残されたという事も知る。まだ43歳であった。

早速スカイプを立ち上げてJohnに連絡しようと思ったが,彼がつかまらない。たまたまバンコクにいるPraeがスカイプに出てきたので,連絡してみる。Praeは僕にとって妹みたいなもので、フィラデルフィアの大学に通っていた時によく面倒を見ていた。僕の前の彼女の前の彼氏の妹なのだが、今ではこうやって連絡を取っているのは僕とPraeだけである。とても不思議な成り行きである。

Praeはいつものやは口で、政治の事やどうしてこうなったかなどを経緯を知らせてくれる。暴動は街全体には広まっていないようであるが,彼女もバンコクから離れたいとこぼした。ヒロさんの事が僕の知り合いだったという事を伝える。Praeのお父さんは外交官だったのだが、今ではタイの外務大臣で家族に手紙を送ったと知らせてくれた。

Praeのお父さんはエリート官僚なのだがとても気さくな人で、日本やアメリカの大使を勤め3年位前に退職した。DCにある大使のレジデンスにも何度か泊まらせてもらった事がある。新しい政府ができたときにお呼びがかかったためまた政府に関わる仕事をし始めたそうだ。その仕事柄今回の暴動の発端となった前の首相が国に帰って来れないのも彼が関わっているらしい。今は家族は安全であるが,この暴動がどれ位続くかは分からないとも。そしてちょうど核のサミットの会議に出ているためDCにいるという事を伝えてくれる。

何を考えたのかPraeにお父さんに会うことができるかと聞いてみる。彼女は秘書に連絡ならできると。水曜日にはバンコクに向かって帰ってくる予定で,今はすでに月曜日の午後。さすがにPraeのお父さんのスケジュールは多忙で迷惑とは思ったが,もしできたらなどと伝える。Praeは快く引き受けてくれた。

3時間位すると僕の携帯にタイ大使館から連絡が入ってくる。水曜日の朝8時にホテルで外務大臣がブレックファーストミーティングをする用意ができているという内容である。朝の8時のどうやってDCに行くのかなどという考えが少しかすんだが、すかさず “I will be there” と返事をする。

その会話が終わり早速Andyに連絡して、先週に予定をしていたバージニアの旅行にでると連絡を入れる。最近買った大型スキャナーととりにいく予定をしてた所だ。彼にミーティングの内容を話し,水曜日の朝8時にはDCに着く必要があると伝える。Andyものこの頃忙しく、ちょうどNYでの仕事から帰ってきた所だった。どうやら水曜日の朝一番にDCに向かう事ができるようだ。

7時のクラスが始まる前に昔に撮ったヒロさんの写真を探してみる。Reutersで一緒だった人達はJohnも含め全員カメラ好きでよくお互いの写真を撮っていた。この写真はJohnが香港に移る前に行った送別会の会場に向かう時に撮った写真である。

この時のヒロさんは30歳になるかならないか位であっただろう。何気なく撮った写真が時間とともに意味すらも変わってくること実感する。

Written by tsuyoshi

4月 13th, 2010 at 10:38 am

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