フィラデルフィア写真紀行

写真センターの運営や作家活動から、アメリカの写真事情や文化の違いまで…

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中心と地方の微妙な関係

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九州は3ヶ月前にも訪れた。

前回は長崎,島原そして五島を訪れたが、今回は福岡と長崎のホテルの下見をする為に来た。めぼしいホテルを片っ端から訪れ、部屋の面積など細かい情報を教えてもらい、実際に部屋まで案内をしてもらう。このようにして20位のホテルを巡った。その為長崎などは実際に滞在していたのが24時間もなかった。

この様に日本をいろいろ動けるのはJR Passのおかげである。このパスは海外からの旅行者や永住者が週単位で購入することができる。「のぞみ」に乗れなかったり、実際にみどりの窓口に行かなければチケットを購入することができないなど制限はあるが,2週間、4万5千円でJRの電車が乗り放題になり、このような旅行にはなくてはならない物である。

新大阪から3時間位かけ小倉に向かい、駅前で大淵さんと待ち合わせをした。彼女は去年の今頃に東京で久保さんと一緒に会ったのが初めである。それから彼女も参加するショーやプラチナプリントの事などを通して連絡が頻繁になった。彼女は一昨年のFundraiserでは僕のプリントを購入してもらい,今年はプリントを数枚寄付してくれた。実際の距離は遠いながらもProject Bashoを支えているサポーターの一人である。

彼女の所に訪れた時は必ず情報の交換をする。プラチナプリントやカメラのことから写真を見ながら作家の事など写真について話す。前回などは情報を探して試してみたAnthrocotypeのプリントを見せてもらったり,実際のやり方に付いての情報をもらった。今回はベス単で作品を作っている人の写真集と大淵さんの写真を見せてもらった。色分解されたようで、比較的淡くしかし芯がある色がでていて、Autochromeの色をを思わせた。昔カメラ雑誌の広告でよく見たキヨハラソフトフォーカスの話をする。今ではあまり見なくなったようだが中判までのレンズがでていて、こんな物をレンズに取り付け4×5位に使えないのかとアイデアを交わす。

このように彼女と話をしていて感心するのはこのように地方にいても切磋琢磨に情報を収集していて作品作りの役立てているところである。彼女の事を見ているとどこにいても自分のアンテナを敏感にしていれば情報は入ってきて、ちゃんと作品を作れるのだと。日本の様に東京に一極集中していると一見そうに行かない様な気もするが、彼女を見ている限りそんな事はない。

つまり情報や「刺激」があるとされている東京にいるという事がいい作品を作るという事と比例しないというのだろう。もちろん情報や「刺激」だけで作品を作っていないので当たり前と言えば当たり前である。逆に情報が「はやり」として氾濫している東京では、自分の興味のある事にじっくり取り組む事ができないのかもしれない。「中心」にいるという事の「よい」とされている事が逆手になるというか。

これはアメリカにも似ている事が言える思う。日本人間の話を聞いているとNYを行けば/見れば写真の事がネットーワク的なとも含め全て「網羅できる」みたいな感がある。実際な話NYなどは競争が激しく全てが縦割りになっていて、いろんな人を知って行くには時間がかかり苦労する。

逆にフィラデルフィア見たいな地方都市に行くと写真界が狭いため皆「コミュニティー」としての意識があり横の関係を作って行くのが比較的簡単である。会う人に会っていればすんなり入って行くことができる。逆にこのような所で面白い事やちょっと居敷が違う事をすると人が寄ってきてくれて全面的に協力してくれる。そういう意味でも写真家,ギャラリーそしてキュレーターなどの人と「同等」に人として知り合いそして付き合うことができる。

そしてアメリカでは一極集中という物がなく各都市に中心がありアート界が存在する。つまりNYではやっている物が他の所で情報として伝わっているかというと必ずしもそうでない。アメリカで全国共通の「はやり」や「話題になっている物」というのはなくもないが、大体は日本のメディアが誇張に表現しているに過ぎない。

そんな状況などは外からでは見えないし,そんな事を追っている人には見えない物である。そういう事も含めて「中心」から距離を保つのはいいことであると思った。

Phillipとの会話

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すっかり暗くなった時にスタジオに戻ってくると重要なメールが10件近く入っていた。それぞれの用件に対しすぐに返事をしてほしいと書かれている。昼間から外に出てきたのだが、たった6時間の間でのことである。さすがに忙しいと実感する。

今日は昼からお昼をかねてPhillipを訪れる。来年の春にギャラリーで行われるフィラデルフィアと日本の50年代の写真を見せるショーに参加する一人である。前にも触れたがこのショーではPhillipが撮った50年代のPhiladelphiaと僕の知り合いである山崎さんの50年代の写真を一緒に見せようという企画展である。二人とも「写真家」という部類に入る人達ではない。その分写真が本当に明快で見ていて快い。日本の写真の方はネガから起こすことになっていてフィラデルフィアのほうはPhillipがプリントしてあるものとネガから起こす物を予定している。そのショーの為の作品を見るミーティングをしてきた。

スタジオから電車とバスを乗り継ぎ30分位かけてNorth Eastと呼ばれる50年代から集合住宅が沢山できた地域にある彼の家を訪れる。既に1度訪れたが今回は時間をかけ彼の作品を片っ端に見る予定になっていた。昼過ぎに訪れるとこの82才のユダヤ系のおじさんはは少し弱った様子で僕を迎えてくれた。いつも挨拶するたびに彼はもう少し体の調子が良ければとつぶやく。

お昼を食べに近くにあるユダヤ系のDeliに一緒に向かう。今日はおごるからと言って聞かない。少しどぎつい内装でさびれた感じのレストランで、ウェイトレスのおばさんはびっこを引きながらも注文を受けにくる。Phillipはウェイトレスのおばさんに今日は元気かと暖かい声をかける。オーダを取ってテーブルから去った後顔を近づけてきて、あのウェイトレスがこの年でそしてこの体でまだ働かなければならないという現実は理解できないとささやく。

二人でお茶を飲みながらいろいろな話をする。彼は本当に知識に対してどん欲という感じで写真はもちろんの事,自分の職業であった印刷について、そしてフィラデルフィアや世界の歴史や文化の事ととにかく幅が広い。僕の知っている人の中でも日本史の明治維新の役割を話した後に彼自身特許まで取ったハーフトーンの点が見えなくする技術的な事まで違和感なく話せるのは彼位であろう。僕たちの会話の90%は彼が話している。

今までの彼の写真活動の話やフィラデルフィアの50年代の様子の話もする。いかにSouth Philadelphiaという地域にはユダヤ系の人達が集まっていたか、そして戦後郊外が発達して行く事によってユダヤ人の移動が始まったこと。Levitownという郊外集合住宅はまさにユダヤ人がユダヤ人の為に建てた町なのである事が分かる。そして一見幸せに見えたアメリカのイメージを崩したのがRobert FrankのAmericansである。Phillipとフィラデルフィアやアメリカの社会や文化の事を写真の歴史や技術的な進歩の文脈になぞりながら話すのは楽しい。写真の歴史が生きているという感覚がある。

その片一方で彼の体のことが気になる。彼の友達はガンの末期で最近ホスピスに移ったと話す。そして彼女の看病の為に彼は毎日のように病院に通っている。身体的にも精神的にも無理がかかり、先日は夕方の6時にまでベットから出る事ができなかったと言っていた。そんな事があったら、いつでも電話をしてくれれば一緒に昼を食べに行くと励ます。

後は1月からのプリント制作に取りかかる準備をしなければならない。Ilfordにスポンサーになってもらえればと、マーケィング担当の人にメールを送る。うまく時間が合えば久保さんもスポンサーとしてプリント制作に協力してくれると言っていた。

いつからか、自分一人でできる事は限られているので、他の人と協力をして物事を動かす様に意識し始めた。そしてこの様に写真を通して人間関係が出来ていく過程に喜びも感じる。今回ショーも僕の個人的な人との関係を通して出来上がってくる写真展である。