フィラデルフィア写真紀行

写真センターの運営や作家活動から、アメリカの写真事情や文化の違いまで…

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時間の中のポートレート

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写真を撮ってくれないかと言うので、市の裁判所から出てきた後に、人気の少ない路地で写真を撮る。

妊娠8ヶ月ということで、ずいぶんおなかも出ている。さすがに体のなかでいろいろ起こっているようで裁判の番を待っている間少し落ち着かなかったようだ。この感覚は男の僕には分かりたくても分からない物なのだろう。なにげもない壁をバックに3−4枚撮る。この子が大学行く前に写真をちょうだいねと冗談を言って、お昼の人ごみの多いマーケットストリートでわかれる。

昔は8×10で何枚も撮った。その中で実際に彼女が持っている写真が何枚あるか分からないが、こんな感じで気さくに撮っていた様な記憶がある。カメラの前でただ自然にしていれさえすれば,写真が何枚でも撮れた。たまに物を探しているとネガに出くわすのだが、今思えばもう8年位も前の話しである。

何が変わったのだろうか、あれから。そして何が変わっているのだろうか、いまは。久しぶりに暗室でプリントをしている時にそんな事を考えさせられた。

8×10の印画紙に調子とおおい焼きををかえ3-4枚ほどプリントする。この写真が残って欲しいと思い、定着も洗浄もしっかりおこなう。何とも不思議な感覚である。

Written by tsuyoshi

9月 3rd, 2010 at 1:11 pm

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オーストラリア、バンコク、そしてDC

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Hiro Muramoto

朝オーストラリアにいるJohnからメールが入ってくる。

Johnは東京のReutersの写真部でインターンをしていた時からの友達である。彼は半分日本人とオーストラリア人のハーフで報道カメラマンとして働いていた。長い間連絡が途絶えていたが,最近ではスカイプなどのおかげでちょくちょく連絡を取る様になり、現在は日本人の奥さんと一緒にシドニーの郊外で写真家としてやっているようだ。

朝の10時に送られてきたのであちらの時間では夜中を過ぎていたのだろう。彼のメールには短くヒロがバンコクで亡くなったと書かれていた。ヒロさんはReutersでビデオカメラマンとして働いていた人で、歳が近かったせいもあり、Reutersのオフィスに行く度にJohnなどと一緒につるんでいた知り合いである。

早速、検索してみるとバンコクの暴動でReutersのジャーナリストが亡くなったというニュースが冒頭にでてくる。確かに週末ヘッドラインを見たが記事の中までは目を通さなかった。

Hiro Muramoto, a 43-year-old Japanese national, was shot in the chest and arrived at Klang Hospital without a pulse.

最初に出てきたニュースにでていた写真は僕が覚えているヒロさんと変わりがなかった。彼が最後に撮った生々しいfootageが見れたり、奥さんと子供が二人残されたという事も知る。まだ43歳であった。

早速スカイプを立ち上げてJohnに連絡しようと思ったが,彼がつかまらない。たまたまバンコクにいるPraeがスカイプに出てきたので,連絡してみる。Praeは僕にとって妹みたいなもので、フィラデルフィアの大学に通っていた時によく面倒を見ていた。僕の前の彼女の前の彼氏の妹なのだが、今ではこうやって連絡を取っているのは僕とPraeだけである。とても不思議な成り行きである。

Praeはいつものやは口で、政治の事やどうしてこうなったかなどを経緯を知らせてくれる。暴動は街全体には広まっていないようであるが,彼女もバンコクから離れたいとこぼした。ヒロさんの事が僕の知り合いだったという事を伝える。Praeのお父さんは外交官だったのだが、今ではタイの外務大臣で家族に手紙を送ったと知らせてくれた。

Praeのお父さんはエリート官僚なのだがとても気さくな人で、日本やアメリカの大使を勤め3年位前に退職した。DCにある大使のレジデンスにも何度か泊まらせてもらった事がある。新しい政府ができたときにお呼びがかかったためまた政府に関わる仕事をし始めたそうだ。その仕事柄今回の暴動の発端となった前の首相が国に帰って来れないのも彼が関わっているらしい。今は家族は安全であるが,この暴動がどれ位続くかは分からないとも。そしてちょうど核のサミットの会議に出ているためDCにいるという事を伝えてくれる。

何を考えたのかPraeにお父さんに会うことができるかと聞いてみる。彼女は秘書に連絡ならできると。水曜日にはバンコクに向かって帰ってくる予定で,今はすでに月曜日の午後。さすがにPraeのお父さんのスケジュールは多忙で迷惑とは思ったが,もしできたらなどと伝える。Praeは快く引き受けてくれた。

3時間位すると僕の携帯にタイ大使館から連絡が入ってくる。水曜日の朝8時にホテルで外務大臣がブレックファーストミーティングをする用意ができているという内容である。朝の8時のどうやってDCに行くのかなどという考えが少しかすんだが、すかさず “I will be there” と返事をする。

その会話が終わり早速Andyに連絡して、先週に予定をしていたバージニアの旅行にでると連絡を入れる。最近買った大型スキャナーととりにいく予定をしてた所だ。彼にミーティングの内容を話し,水曜日の朝8時にはDCに着く必要があると伝える。Andyものこの頃忙しく、ちょうどNYでの仕事から帰ってきた所だった。どうやら水曜日の朝一番にDCに向かう事ができるようだ。

7時のクラスが始まる前に昔に撮ったヒロさんの写真を探してみる。Reutersで一緒だった人達はJohnも含め全員カメラ好きでよくお互いの写真を撮っていた。この写真はJohnが香港に移る前に行った送別会の会場に向かう時に撮った写真である。

この時のヒロさんは30歳になるかならないか位であっただろう。何気なく撮った写真が時間とともに意味すらも変わってくること実感する。

Written by tsuyoshi

4月 13th, 2010 at 10:38 am

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物を作るスピード

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日本に着き、久保さんとのデジタルネガとプラチナプリントのワークショップを無事に終わらせた後、今月の頭にフィラデルフィアに訪れてくれたユーコさんと鎌倉に写真を撮りにいく。前回鎌倉に来たのは15年前位の話しである。

とても天気がよく、12月とは思えない陽気であった。鎌倉には何度も訪れた事があるが、江ノ島には行った事がないと思い、今回訪れてみる。小さな島の中を8×10のカメラと三脚をゴロゴロと引き、岩場で釣りをしている人や何気ない風景を数枚撮影する。

何を求めている訳でもないが、ただ何となくいいかなという物を写真として撮っていく。こんな陽気で海のそばで写真を撮っているのは気分がいい。これほどのんびり撮影する機会はないが、自分にとって撮影やプリントはセラピーのようなものである。来年こそはこのような時間をフィラデルフィアにいてももっと作る努力をしたい。

その後鎌倉の路地を歩いていくと鎌倉彫を売っている小さなお店を見つけた。とてもこじんまりとしているが、家の作りに引かれ、ちょっと入ってみる。そこでは亡くなった旦那さんが作った物を中心にして売っている小さな商いで、今年は不況という事で全く売れていない様な事をおばさんに聞く。

日本の地方を訪ねる時はこの様な工芸店を見つけては寄る。珠洲に行った時には珠洲焼きを、輪島に行く時は輪島塗を少ないながらも買ってきている。高価で工芸品という様な誇らしい物を買うのではなく、素朴で自分の感性に合った物を探すだけである。そして基本的には実際にアメリカでの日常で使える物しか買わないことにしている。

一見簡単そうでな作業だがじつはなかなか気に入った物が見つからない。そして出来上がって買った時の仕上がりなどに満足するというよりは、使っていくうちの過程で起こる変化に興味があり、1−2年後の表面のてかりや様子を想像するのが実は楽しい。

実際にうちには珠洲焼きの湯のみがいくつかあるが、今年買ってきた物と去年買ってきた物では個人的に使う頻度が違う。大勢の人などにお茶を出す時はそこまで構っていられないし、それほど意識してる訳ではないのだが、新しい物のてかりに「小さな照れ」みたいな物を感じ、長く使っている湯のみに手が出る。

このような工芸品を作っていくにはとても時間がかかり、生産性や経済性という点でなかなかバランスがとれるものではない。僕は自分のプリントを積極的に売っている訳ではないが、実際に手作りでプリントなんかをしているとそんな事を常に感じる。だからこそ、このような物を見ると安い買い物をした様な気がしてしょうがない。

以下のビデオは友達が送ってきてくれた物であるが、本を印刷から製本まで作り上げてく様子である。早送りすると6分も満たないが、実際にかかった時間がどれ位なのかとついつい考えてしまう。この辺の住み分けがうまくできないのかと常に考えている。

Written by tsuyoshi

12月 26th, 2009 at 5:31 pm

移動中

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Sketchupで書いたスタジオの様子

今年はこれで6回目になるが、この12時間の飛行時間にはなかなか慣れない。なるたけ仕事を持ち込んで忙しくしている。

フィラデルフィアからは東京への直通の便がないため、乗り継ぎが必要になる。大体ミネアポリスかデトロイトで乗り継ぎをするのだが、その中継地点では必ずスタジオとのやり取りをする。スカイプ越しに最終的な確認と、僕の移動中待てない質問のやり取りなどをAnneとしていく。来年には僕が使っているデルタ航空の国内線にはWiFiが完備されるとの事。そうすればもう少しコミュニケーションが環境がよくなりそうだ。

国際線の飛行機に乗ってからは、スタジオのスペースのデザインを始める。最近ダウンロードしたSketchupという3Dのソフトを使い、改修されていない残りのスペースを描いていく。大体の寸法などを決めていき、どのように残りのスペースを有効に使っていくかを考える作業である。

このビルには大体35坪位のスペースに一階と二階と手がつけられずに残っているだが、今までは工具や機材そして建築用の資材で埋まっていた。そこにテンポラリーにでもこの春までにコンピュータールームを作れないかという事を考え始めた。今はギャラリーとコンピューターがある教室が兼ね合っているが、イベントの度にこのセットアップをたたむ必要がありなかなか大変な作業である。そしてこのコンピューターの部屋を分ける事によって、二つのクラスが同時進行する事も可能になる。そこで今月の頭にAlが中心となりボランティア4−5人に手伝ってもらい2日かけ完全に整理した。

そこにちょうどギャラリーのスペースがきれいになるのを見計らった様に、いつも大工仕事を手伝いをしてくれるMargeの都合がとれて、フィラデルフィア来ることになる。元々は違う所の作業をしてもらおうと思っていたが、新しいスペースを作る方に興味を示し、工事を始める。実際に発つ翌日まで彼女と工事の作業を進めていた。僕がフィラデルフィアを発ってからも滞在し自分でできる作業を進めている。日本に着いてからもSketchupで作った物を設計図として彼女とのやり取りに使い、お互いの考えている事を細かい所まで確認できる。

12時間後成田について早速便利堂の鈴木さんと東京駅で落ち合う約束をする。鈴木さんは今日まで東京で出張で、今夜京都に帰るという事で、この日と見計らって会う約束をしていた。9月にロビンと工房を訪れて以来の再会である、東京駅の構内の中華料理やで今までの進展の話しを聞く。いろいろな計画があるが、前回携わったデジネガの導入と、Library of Congressに所蔵されているプリントの複製を作るプロジェクトが話しの中心である。そして来月の半ばにはまた京都に訪れる事を約束。また楽しい滞在になりそうだ。

東京の実家に着いた頃にはフィラデルフィアのスタジオを出てきてから24時間が過ぎていた。

違う側面からのビュー

Written by tsuyoshi

12月 25th, 2009 at 3:54 am

久しぶりのショー

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2週間ほど前から準備をしてきた新井君のショーの準備ができる。

後は明日のDaguerreian Societyのツアーやオープニングを待つのみ。今回は本当に久しぶりのショーという事もあり、かなり準備に時間がかかる。去年はこれを年に5回やっていたのかと、自分のやった事の驚かされる。額を作ったり、大型のプリントをスキャンから起こしたりと、相変わらず作業の幅が広い。その過程で色々学ぶ事は多く、それが自分の物として残っていく。

気付くと、今年の頭に準備をしたショーとは全く違った人達がこのショーの準備に携わっている。スタジオに出入りしているボランティアの顔ぶれもだいぶ変わった。変わらないのはスタジオと自分だけの様な気がした。前進しているのか、それとも停滞しているのかよくわからない、今日この頃。

この数年連絡が全くなかった友達からのメール。週末に写真家のボーイフレンドとスタジオを訪れたいとの内容。フィラデルフィアの写真を変えた気持ちはどうかなどと聞かれる。励ましの言葉なのだろうが、正直解釈に困る。この場所ができた事によって何が変わったのだろうかとまじめに考えてしまう。

後一ヶ月後には日本。今は時間とスペースが欲しい。

大小の新しい物

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carrier

アメリカに帰ってきて早速導入した物がある。

一つ目はエプソンの大型プリンターで9880(日本の型番で9550)。前々から欲しいと思っていたのだが、さすがに一度に$5000という出費は大きすぎ、どのように工面しようか考えていた。そんな時に引っ越しをする友達が売りたいと連絡をしてきた。実際に話してみるとまだ売る決心が付いてないらしく、交渉の結果無期限でリースをする事に落ち着く。

そんな訳でうちのスタジオの大きなプリンターが運びこまれた。まだ設定する場所なども決まっていないが、11月に行う新井君のショーではこのプリンターを早速使って作品を何枚か作る予定になっている。日本を発つ前の日にピクトリコで見せてもらった、White Filmにカラープリントを印刷してみたい。先週から加わったTylerがproduction assistantとして一緒に、スキャンから全てスタジオでおこなってみようというもので、新井君の今年撮ったダゲレオと一緒に展示される予定である。11月に行われるDaguerreian Society のシンポジウムと一緒に行われる企画展で、楽しみなプロジェクトである。

この様に機材が増えてくると、どうしてもコンピューター専用の部屋が必要になってくる。来週は大工のマージーも加わり拡張工事の準備をする予定。表の大きなドアなどもそろそろ注文しなければならない。

そしてもう一つは小さな物で、6×12用のネガキャリアー。今まで撮ってきた6×12のカラーネガをプリントする為に作ってもらった。元々の6×6位のキャリアーを寸法通り開けてもらっただけなのだが、実際に出来上がるまで1ヶ月以上かかった。前から友達がショップが落ち着き次第手伝ってくれると言っていたが、彼もいろいろと多忙なので、今回日本に来る前に加工屋さんにオーダーしておく。これで今まで撮り続けていた6×12のプリントができるようになる。10-12インチ幅位のロール紙で、早速カラープリントを作ってみたい。

これでプリントを作る時に使える機材が増え、できる事の幅が広くなる。こういう物を使って写真を作れる場に人が集まり、そこで又新しい事が生まれる。それがこのスタジオの基本である。

epson9880

珠洲での撮影

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20年ぶりに開けてもらった銭湯。

20年ぶりに開けてもらい、撮影した銭湯。

京都を昼過ぎに発ち、蛸島に着いたのは夜8時近くだった。昼に連絡を入れていた市の観光課の高林さんに連絡し、早速食事の為に宿で落ち合う。1年ぶりに会った高林さんは相変わらず仕事に熱心な人である。

今年も蛸島の祭りの撮影をしにきた。去年も8×10を持って祭りに参加している人のポートレートを撮りたいと思ったが、さすがに7×17のカメラを持っていたので,4×5に落ち着く。ただ実際に撮影をしてみると、やはり8×10を持ってきたいと思い、今回はロビンと一緒に珠洲に来た。

珠洲市だけでもこのようなキリコが出てくる祭りはいくつかある。実際に今週末は東隣の寺家という町、そして西隣の正院という所でもお祭りがある。今回の滞在中どうして蛸島の祭りに来たのかという事を聞かれた事が何度かあった。特に大した理由がないのだが,9月中に撮影旅行を企画するという事で,リサーチ中に蛸島の祭りを知る様になった。

前回は偶然に寄ったお祭りだったが、祭りの力強さと、いかに地元に密着しているかという事を感じさせられる。確かに衣装などはとても派手であるが、祭り全体の派手さというよりも、ある意味「地味さ」というものに引かれる。今回なども観察していてそんなにも観光客が多い訳ではなく、本当に地元の人が地元の人の為に楽しんでいるということがわかる。

早速久保さんプリントしてくれた写真を持ち歩き、去年撮影した人を捜す事から始める。去年はとても偶発的に名前も何も聞かず撮影させてもらったので,撮影した人が誰であるか全く分からない。ただ町自体は小さいので,人をたどっていくとすぐに人は見つかる。最初に日は全員が全員出てきている訳ではないが、撮影をした全ての人を探すことができた。明日の撮影のことを知らせ,今年も写真を撮らして欲しいと伝える。

2日目になると参加者も増え、祭りがにぎやかになっていく。昼前からこのキリコを町中うねり回り夜の10時ぐらいにやっと神社に戻ってくるという、一見単純に聞こえるが、実際にはとても時間をかけて町中を回る。昼過ぎに神主さんに聞いた所すでに1時間位予定より遅れていると言っていた。

この間に町で何カ所か場所を設け、持ってきた白いバックを貼り撮影場を作る。このセットに人を連れてきて、短い時間のうちに一人2枚位撮影させてもらう。リラックスしている人や照れる人などいろいろであり、こういう人達と写真を作り上げていく過程はとても楽しい。さすがに8×10にもなるとさっと取れる訳ではなく、その人の表情や衣装などを見ながら、その場でどう撮りたいかという事を決めていく。

こんな感じで、5時間で50枚辺り撮影した。最後には日が落ち始め、キリコにも明かりが灯り、鮮やかになっていく。この夜も神社でキリコが全て入ってくるまで見ていたが、みんな楽しそうにキリコを担いでいる。来年は是非参加してみたい。

去年撮影した人との再会。Photo by Robin Tsukada

去年撮影した人との再会。Photo by Robin Tsukada

Written by tsuyoshi

9月 20th, 2009 at 3:39 pm