Archive for the ‘日本での撮影’ Category
立て続きのイベント

ミーティングに参加するボランティア達
先月の半ば法事の為に一度帰国し、帰ってきてからはイベントが立て続けで、忙しい日が続いた。休む日もなくこのまま今週また日本に帰ることになりそうだ。
日本から帰ってきた次の週にはhome schoolの子供を対象としたピンホールワークショップを行う。一ヶ月位前から手伝い始めたGrishaと一緒に準備をした物で、実際にカメラを作ってもらい、そして撮影するという物である。このようなワークショップは初めてなので実際にどうなるかと思ったが、子供達も参加した親もとても気に入ってくれた。
そしてその次の週にはDebbie Fleming Cafferyを迎えONWARDの審査、レクチャー、そしてワークショップを行う。レクチャーの方はワークショップに参加する人やフィラデルフィアの写真関係の人が集まり、ギャラリーが人で一杯になる。AndreaやPhotoReviewのStephenも来てくれて、なかなかの顔ぶれであった。その後スタッフやFriends of Project Bashoメンバーの人をアパートに誘い、Debbieと夕食パーティー。この様に写真を通して人が集まってくれるのはいつになってもうれしい。
その数日前にDebbieが審査したONWARDは、毎年応募される作品の質が上がっていっているのがよく分かる。今年で3年目、去年と同じ位の参加者が集まった。毎回審査する人によって趣が変わるのが当たり前なのだが、今回の特徴としては全体的に少ない人数だが、選ばれた人は一点だけではなく数点選ばれている人が沢山いる。結果から言うと、「作品」という事を意識しているものが選ばれた。発表は来週、そして2月から始まるショーはとても楽しみである。
そして今週はFundraising Print Sale&Silent Auctionを行う。毎年行っているイベントで寄付されたプリントを売り、その資金で新しいプロジェクトのを立ち上げる物である。一ヶ月以上前から準備していたイベントだったが、イベント立て続けに行われたからか、思う様には人が集まらなかった。それでもプリントを買ってくれる人や、自分のプラチナプリントを買ってくれる人達が少ないながらもいた。このような人達がこのスタジオを支えていると実感させられる。
そしてボランティア達の自主的に活動をし始めたようで、最初のミーティングに顔を出す。Grishaが提案した物で、2週間に一回集まり、自分たちの作品を見せ合ったり、自分たちの知っている知識を分け合う場を設ける予定だ。いつもボランティアの人達にはスタジオを利用して欲しいと思っているが、なかなかそこまで自主的にやろうという動きがなかった為、興味を持って見ている。もちろん僕が教えることができるものもあるし、このような自主的に始まった草の根的な活動がどのように発展していくかがとても楽しみである。
今週は日本に帰り、久保さんとのデジタルネガとプラチナプリントのワークショップ。先月帰国した時に立ち上げたサイトを通して人が集まってきているようで、なによりである。今回の滞在中にはこの日本でのプロジェクトをいかに長く続けていくかという事をある程度の形にする予定。
今は温泉でゆっくりして、写真でも撮りたい。8×10のフィルムはとにかく沢山もって行こうと思っている。

ピンホール・ワークショップに参加した子供達
珠洲での撮影

20年ぶりに開けてもらい、撮影した銭湯。
京都を昼過ぎに発ち、蛸島に着いたのは夜8時近くだった。昼に連絡を入れていた市の観光課の高林さんに連絡し、早速食事の為に宿で落ち合う。1年ぶりに会った高林さんは相変わらず仕事に熱心な人である。
今年も蛸島の祭りの撮影をしにきた。去年も8×10を持って祭りに参加している人のポートレートを撮りたいと思ったが、さすがに7×17のカメラを持っていたので,4×5に落ち着く。ただ実際に撮影をしてみると、やはり8×10を持ってきたいと思い、今回はロビンと一緒に珠洲に来た。
珠洲市だけでもこのようなキリコが出てくる祭りはいくつかある。実際に今週末は東隣の寺家という町、そして西隣の正院という所でもお祭りがある。今回の滞在中どうして蛸島の祭りに来たのかという事を聞かれた事が何度かあった。特に大した理由がないのだが,9月中に撮影旅行を企画するという事で,リサーチ中に蛸島の祭りを知る様になった。
前回は偶然に寄ったお祭りだったが、祭りの力強さと、いかに地元に密着しているかという事を感じさせられる。確かに衣装などはとても派手であるが、祭り全体の派手さというよりも、ある意味「地味さ」というものに引かれる。今回なども観察していてそんなにも観光客が多い訳ではなく、本当に地元の人が地元の人の為に楽しんでいるということがわかる。
早速久保さんプリントしてくれた写真を持ち歩き、去年撮影した人を捜す事から始める。去年はとても偶発的に名前も何も聞かず撮影させてもらったので,撮影した人が誰であるか全く分からない。ただ町自体は小さいので,人をたどっていくとすぐに人は見つかる。最初に日は全員が全員出てきている訳ではないが、撮影をした全ての人を探すことができた。明日の撮影のことを知らせ,今年も写真を撮らして欲しいと伝える。
2日目になると参加者も増え、祭りがにぎやかになっていく。昼前からこのキリコを町中うねり回り夜の10時ぐらいにやっと神社に戻ってくるという、一見単純に聞こえるが、実際にはとても時間をかけて町中を回る。昼過ぎに神主さんに聞いた所すでに1時間位予定より遅れていると言っていた。
この間に町で何カ所か場所を設け、持ってきた白いバックを貼り撮影場を作る。このセットに人を連れてきて、短い時間のうちに一人2枚位撮影させてもらう。リラックスしている人や照れる人などいろいろであり、こういう人達と写真を作り上げていく過程はとても楽しい。さすがに8×10にもなるとさっと取れる訳ではなく、その人の表情や衣装などを見ながら、その場でどう撮りたいかという事を決めていく。
こんな感じで、5時間で50枚辺り撮影した。最後には日が落ち始め、キリコにも明かりが灯り、鮮やかになっていく。この夜も神社でキリコが全て入ってくるまで見ていたが、みんな楽しそうにキリコを担いでいる。来年は是非参加してみたい。

去年撮影した人との再会。Photo by Robin Tsukada
東京での滞在
日本に来てから既に2週間が経つ。この間久保さんとワークショップを一つこなし,その後アンドレアと大阪で専門学校とワークショップを行って、帰りに京都で少し観光をしてきた。
今回の滞在は一ヶ月と一見長い様にも思えるが,ワークショップやその為に実際にかかる準備、1週間の旅行が2回とという予定が入ってくると時間がたらなくなってくるのを実感する。それ以外にもビジネスではない家族や友達と会う予定などを入れてくると予定がとても過密になる。いつも思う事だがこのバランスがとても難しい。
滞在中は東京にある実家をベースにしている。この家はアメリカに来るまで生まれた時から住んでいた家で、実際に通っていた小学校や中学校が5分も歩かない所に今でもある。もちろんその時の友達などは家から半径1キロも行かない位の所に集まっていたので,遊ぶ時などは近くの公園が集まり場になっていた。そして学校や仕事の為に行動範囲が広くなると,最寄りの駅まで自転車で毎日の様に通っていた。本当に生まれ育った「場所」という感じである。
日本に帰ってくる度に自分の近所の写真をゆっくり散歩をしながら写真が撮れないかと思ってきた。ある意味自分の記憶をなぞっていく様な物だ。建物などは相当変わっていて、どのような道があるという事は分かっていても、全く風景が違う。だが実際に帰ってくると家でじっとしている事などなく他の予定に後回しにされているのが現状である。
ある朝、4時半位にコンピューターの音で目が覚め、フィラデルフィアでスタジオ番をしているAnneとチャットでやり取りを行った。スタジオで起こっているのことの報告であったり、新学期の人の集まり様,そして細かい質問などを確認していく。それから1時間位してから用件が終わり、またうとうとと眠り始めた。眠りが浅かったのだろう、その時にとても鮮明な夢を見た。あまりにもの鮮明さに実際に経験している様な錯覚をするほどであった。特に夢に対して意味や神秘性みたいな物を感じている訳ではないが,特に興味あったのがその「新鮮さ」であった。
高校の時に聞いていたラジオで夢の研究をしている人とのインタビューを今でも覚えている。その研究者はただ夢を研究しているだけではなく,いかに夢を見ているという事を自覚し,夢を自分の思う様にコントロールする為の装置を開発している人であった。
その夢を見た後にその事を思い出し,早速検索をしてみるとlucid dreamという言葉で夢をコントロールする事に付いていろいろでてくる。ついでにはその10年以上も前に聞いたラジオの研究者が初めたであろうと思われるスタンフォード大学にあるLucidity Instituteという所まで出てきた。特別な才能が必要な訳ではなく、どんな人でも訓練をすればできるもだそうだ。早速本を買ったので試してみようと思う。
子供の時から夢ばかり大きいとよく周りの人の笑われていた事がある。でも夢がなかったらこのような人生を歩まなかっただろうし、Project Bashoもなかったと考えると夢の力は大きい。今度は夢を実現する為に、夢の中で先に実現してみよう思う。
久しぶりのプラチナプリント
人にプレゼントするプリントを作る為にクラスを教えた後、10時頃からプラチナプリントの準備をする。
久々に行うのでちょっと体がなまっているという感じであるが、薬品を一つづつ混ぜていく。最初はclearingに使うcitric acidとsodium sulfiteとEDTAを混ぜたもの。そして現像液として使うpotassium oxalateをpotassium carbonateとoxalic acidを混ぜといていく。pHを調整しながら比較的酸性の方にしておく。
いつもは紙を酸浴する時にはoxalic acidを使っていたがalt listでどちらかと言ったらacetic acidなどがいいと聞いた為,早速使ってみる事にする。どうやらoxalic acidを使うと化学反応でできた物はなかなか水に溶けにくい物らしい。僕が使っている紙は水彩画に使う為どうしてもバッファーが効いているため酸浴が必要になり、バッファーが強い時は像がどうしてもしまらなくなる。今回は2%溶液で試してみたが,5%ぐらいにして時間を短くしている人もいるようだ。基本的には紙はFabriano Artisticoでプリントしている。
そして最後に乳剤になるferric oxalateを混ぜる。この薬品は毎回混ぜる度に少し方法を変えていかに溶けやすくするかと試行錯誤している。今回は全てが溶けるまでmagnetic stirrerで混ぜてみた。量が少ないので蒸発しない様に温度を調節して、時間をかけ混ぜていく。この様に自動で回っているstirrerでもこの様に時間がかるのにてで混ぜていたらなどと考える。
なぜかこの薬品を混ぜるとプリントをするかという気になってくる。混ぜる薬品のなかで一番手がかかるからであろうか?そしてこの様に薬品を混ぜるのはある種儀式みたいな物で,その過程で心の準備をしていくみたいなものだ。
プリントは僕の友達の働いていた non-profitの法律事務所に寄付する物で、僕の友達に渡される物である。今はフィラデルフィアから引っ越してしまった為パーティーの会場に現れるか分からないが、彼を業績を表彰する時にギフトとしてプリントを作って欲しいと頼まれた。明日プリントするというのにまだフィラデルフィアの風景にしようか能登で撮ったものにしようか悩んでいる。
今日は一日中雨が降っていて真夜中をすぎて止みそうもない。明日は湿度が十分になっているだろう。明日はアシスタントのAnneが朝から手伝ってくれることになっている。
九州- 長崎、島原、五島
九州では一転してカラーで6×12のフォーマットを使い撮影する。前にも書いたがこのフォーマットはJohn Pfahlのレクチャーを見てから使い始めたものだ。4×5のカメラにバックをを付けて撮るものである。
長細いフォーマットに慣れた今では4×5や8×10を横長に撮るのが不自然になってきている。この頃6×12出さえ横幅が狭いと感じ始めた。
五島はかなりきれいな所で沢山写真を撮った。能登で2週間過ごしていたので見るものがすべて新しいという感じではなかったが一番撮影をした所である。前々から島での生活に憧れている。なぜか陸続きでないという感覚を実感できるのがいい。来年の5月の旅行の人が集まれば又五島に訪れることになる。その時は7×17を持って行く。
そんな事も含めて場所を限定しない方法でビジネスを行いたいと思ってきている。そんな視点から便利堂のことやProject Bashoの運営を考えるようになった。今回の旅行を機に新しい事がどんどん始まって行く。
後は輪島と珠洲での写真のベタ焼きが残っている。
















