Archive for the ‘未分類’ Category
体力勝負のアナログ
今日から金沢/能登が始まる。今日到着する人を成田に行く為昼に先週から東京で滞在しているTomと浅草のホテルで待ち合わせ。
先週の火曜日から東京にいるがいろいろ会う人がいて毎日出歩いている。西丸さんのサイトで知り合った人達と新宿で飲みにいったり、今回使うカメラを借りに行ったり、高校のからの友達と朝まで飲んでいたりと何せ毎日忙しい。その為旅行の準備ができていなかったのが正直な所である。
朝早く起きてフィラデルフィアとの電話を済ませ早速パッキングを始める。日本のいるとこの気候の為毎日汗の量がすごい。なので洋服の量が少しかさばる。後はカメラの機材関係をつめ始める。4×5と7×17とを詰め、必要なフィルムやらホールダーやらと。そして金沢に持って行く写真なども。こんなことをしていくとてつもなく荷物が多くなっていってしまった。
バックだけでも4つ。そして三脚も持って行かなければならない。そしてこの二つのケースを台車につけるとこの写真のようになる。さすがに重さを量るなどはしなかったがかなり重い。正直言ってこれからの旅行が少し心配である。
昨日新宿で会った久保さんの「アナログは体力ですから」という言葉が頭の中を巡る…。
準備
忙しい忙しいと思いながらも気を休める為にフィルムの現像をする。暗室作業は一種のセラピーである。
何せ日本に一ヶ月も帰る為今はとても忙しい。そしてこの忙しい時こそ、忙しさの為仕事が捗らなくなってしまう。全くどこから手を付けて良いか分からないくらいになる。
今回の旅行に合わせてブログも始めた。旅行の話や日本の文化、そして写真に関係することを書いていこうと思っている。こんな方法でいろんな人が興味を持ってくれればと思う。
しかし11年も帰っていなかった日本に今年はこれで2回目。12月にもまた戻ろうとしているので今年で3回訪れることになる。今までずーっと離れていたため逆にこのようになるのであろうか?
日本での予定も既に詰まってきている。一ヶ月はあっというまに過ぎるのだろう。
Photo Reviewとフィラデルフィアの写真
今日はKevinと郊外のLanghorneという車で40分ぐらい行ったところにランチミーティングの為に向かう。Photo ReviewのStephen Perloffに会いにいくのが目的である。
Photo ReviewはStephenが始めた写真界では筆頭のジャーナルで、70年代に草の根的に始めた。その頃はほとんどと言っていいほど写真に対しての情報がなかった為、彼が一人で情報を発信しようと思ったらしい。今ではアメリカの写真を通じている人が必ず読むジャーナルになっている。
僕はいつからStephenとこのようにやり取りするようになったのか覚えていない。しかし数年前から何かあるとStephenの所のこのように会いにいくようになった。今年はこれで3度目であろうか。
さすがに写真のマーケットが無かった時から写真に関わっているためStephenの顔は広い。前回のAIPADなんかでも会場で出会ったがいろんな人に囲まれていて挨拶すらできなかった。今回も9月に行われる栗田さんのプレビューを招待者のリストをもらう為にこのように彼のオフィスを訪ねる。
Stephenはとても面倒見がよくいろいろと手伝ってくれるのである。コンタクトの提供から新しいアイデアに対しての意見などを気軽の述べてくれる。フィラデルフィアで僕たちのように写真について積極的に新しいことを行おうとしている所はほとんど無い為、面倒を見てくれるのだろう。なにはともあれいつでも気軽に話すことができるのでとても心強い存在である。
2-3年ぐらい前にB&Wという雑誌がPhiladelphiaの写真のシーンについての特集をしていた。フィラデルフィアではあまり写真のシーンというものが確立していなく、問題点としてインタビューをした人が口を揃えて上げていたのがNYに近すぎるという立地条件である。NYに近い為写真を売ることのできるマーケットが育たないというのである。
僕はそれとはまた違った理由があるような気がしてならない。
フィラデルフィアはアメリカの写真史の最初のページにはいろいろと名前を連ねているが20世紀になるとNYの経済力に押される形になる。19世紀にはPhiladelphia Photographerという雑誌が刊行されていて、今ではWet Plate Collodionを研究している人のバイブルになっている。「フィラデルフィア=歴史」みたいな構図がこのような所でも残されている。
いつも思うことだが歴史があるということはよくもあり悪くもある。前の世代からの一貫性みたいなものに頼ることができる一方、どうしてもそこから離れることが難しくなる。逆に歴史のあることに頼りすぎていて新しい考えなどへの許容性が無くなり、「村的」とでも言うのだろうか閉鎖的になる。その例としてフィラデルフィアはprovincialであると形容されることが多い。
勝手かもしれないが、その点現在フィラデルフィアにいながらフィラデルフィアまたはアメリカ出身ではない僕なんかは良い立場にいるのではないかと思う。そこで重要になってくるのが古い物と新しい物のバランスなのではないかと考える。そしてこのバランスを保つのがとても難しいのである…。
日本への撮影旅行
金沢への旅行が決行されるとこになった。
クラスを取ったことのある人を中心に5人が集まってくれた。最近クラスを取った人から数年前からの人といろいろとProject Bashoで知り合った人ばかりである。9月にこの5人を引き連れて金沢/能登をまわることになる。
金沢と珠洲では地元のアマチュアの写真家達との交流を図るためプリントを見せる機会を設けている。金沢の永江さんと珠洲市の観光課の人達が下準備をしてくれている。本当にこのような人達の助けがなければこの旅行は成り立たなかった。
このようにフィラデルフィア写真紀行のブログを書き続けているが、金沢の旅行のブログも更新していく予定である。旅行に行く前から金沢の紹介やあった人の紹介など、もちろん旅行中に起こったことなどを実況中継していくものである。今回の旅行をもっと詳しく知ってもらおうという趣旨である。既に何項目か下書きが済んであり、今はブログのテンプレートのデザインなどを手がけている。
そして今回の滞在中に来年に行う新しい旅行の下見もしてこなければならない。今の所は九州に行こうと思っているが他の候補も考えている。あまり時間がないので正直言ってどこまで見ることができるか分からないが、できるだけのことはやってこようと思っている。
まだまだ細かい詰めが残っているが今回の旅行の経験をバネにして次の旅行を計画してきたい。
グラントライティングの一日
アシスタントのKevinと午後から手伝ってくれるNaokoちゃんを動員して、グラントの申し込みを一日で済まそうとしている。このグラントは2−3日前に友達から聞いたもので、一般に公開できるアートイベントに対して最高$3000の補助金がペンシルバニア州からおりる。しかし今日の消印で申込書を送らなければならない。
基本的にはこの写真展の趣旨について説明し、どのようにして一般参加者を募るのかということを説明する。後は細かい出費と収入の表、そして実際のショーの一部になる写真を使いパワーポイントのスライドショーをつくる。一見何ともないような申し込み方法であるが、何せ急なので全てを一片に終わらせようとすると時間がかかる。
来年の春に行うショーの準備を先月から始めた。このショーでは僕が預かっている1950年代に日本で撮られたイメージを見せるという物である。これは通っていた小学校の警備員さんのもので、アマチュアカメラマンとして戦後から写真を撮り始めた。僕が写真を始めたのも彼の影響があったからである。
日本を離れる前に一度昔の写真を見せてくれたことがあり、前にコンタクトシートを作らせて欲しいということを伝えたらネガをまとめて送ってきてくれた。その時は時間がある時にベタ焼きを作ろうと思っていた。そのネガがスタジオに手つかずのままある。前々から何らかの形で見せたいと思っていて、ここに来ていいアイデアに巡り会った。
Phillipという暗室の使いに来る年配の人がいて、毎回のように結構面白い写真をプリントしている。1950年代のフィラデルフィアで撮られた物が中心で町の様子人々のポートレートなどと幅が広い。彼もどちらかと言ったらアマチュアとして写真を撮ってきた人でフィラデルフィアを気さくに撮ってきているので写真に新鮮さがある。
今回のショーのアイデアはこの二人の写真を同時に見せたらどうかというものである。歴史的な観点からも面白いと思うが、僕は文化の背景による写真家の視点の違いみたいな物を見せることができないかと考えている。この二つの戦後の都市で撮られた写真を見るとお互いに物質的貧しさなど似た点はある。だが写っている人に対しての距離感や写真全体の雰囲気みたな物が違うように思える。「視点」みたいな形成された物ではなく文化の違いに寄る「姿勢」みたいな物なのではないかと考えている。
少し写真のショーとしては傾向が違うが面白い企画展になると思う。
Photo by Kiyoshi Yamazaki
NYギャラリー巡りとFOTOSPHERE
今回の参加者は少なく小さなグループで美術館やギャラリーをまわる。普通ギャラリーは夏休みを取り土曜日はほとんどのことろが休みになる。なので今回はかなりよる所が数少ないツアーになった。
最初はICPでの日本人のショーから始める。2ヶ月前のオープニングに顔を出したがさすがに作品をしっかり見ることができなかった為今回は時間をかけて作品やインタビューのビデオなども見る。時間をかければなるほどと思う作品もあるが、どうしてこうなのかと思う作品もある。
ちょうど一ヶ月ぐらい前だろうがNY Timesに批評が載っていて、いろいろと問題点を指摘してた。興味があったのはどうしてこのような作家の選択になったという理由が書かれたエッセーが欠けているという点である。この「理由」は僕もとても興味のあるところである。
この後はRubin Museum of Artとという比較的に新しい美術館による。ここはアジアの美術品を集めている所で前回によった時はKenro Izuの作品を紹介していた。今回展示してあった物はKevin Bubriskiという写真家でネパールからの写真である。ポートレートを中心にした80年代の作品でなかなか力強いイメージがある。
Chelseaに寄ってみたが開いているギャラリーは4−5件しか無い。比較的新しいギャラリーでPoint of View Galleryという所に初めて寄ってみる。しかしこのようにギャラリーが突出するNYの背景というのはすごい。去年のギャラリーの地図と比較した物を見てもらえばわかるが、数年前に比べたらChelseaのギャラリーの数は確実に減ってきている。しかしその傾向の中で新しいギャラリーを始める人がまだいるのである。
こちらではフランスの写真家が工場などの廃墟を撮った写真を見せていた。カラーで撮られた写真は大きなプリントとして飾られている。なんかいつも思うことだがなぜこのように決まりのパターンなのだろと思う。
参加した生徒たちと別れた後にFOTOSHPHEREに寄る。9月に行われる栗田さんのショー、そしてショーが行われている間に企画しているレクチャーとワークショップの打ち合わせをする。9月のオープニングとプレビューの時は僕は日本にいる為に全ての段取りを済ませていかなければならない。OlgaやKevinのことを信用する一方少し不安である。
その後は近くの居酒屋で新たな企画の構想を話す。前々から機会があるたびにどうしたら便利堂のコロタイプの印刷をうまく利用できないかというアイデアを栗田さんと柴田さんと話してきている。今年のコロタイプのショー以来、コロタイプの良さと、利点をうまく使った企画を行いたいと前々から考えている。300枚近く刷れるという所に利点があり、エディションがあるプリントというよりは、高級印刷物としての企画にしたい。そしてこのプロジェクトの為に新たな会社を作る予定である。こんな構想を2時間以上話をした。
フィラデルフィアに着いた時は夜中の12時になっていた。今年は毎月に一回はNYに来るようになったふと思う。
秋からの写真ジャーナル
先月からFeatured Photographers at Project Bashoというインタビュー形式のコラムを始めた。
これはボランティアのJessicaが担当しているコラムで、毎月Project Bashoに関係している写真家にインタビューをして作品などを紹介しようとしている。暗室を使っている人、ワークショップを教える人、そしてギャラリーでショーを行う人などを幅広く紹介しようというのが目的である。
毎月それぞれの作品を見ながらJessicaと二人で質問を作り上げ、紹介する写真家とメールでやり取りをする。返事が返ってきたらその答えをもとに新たな質問を聞く。こんなことを何回か繰り返しているとインタビューが出来上がってくる。実際に作品を目の前に会話をしたいのだが、今はそこまで時間をかけることができない。
先月はGenevieveという暗室を長い間使っている写真家にインタビューをした。彼女は暗室を使っている人の中でも一番頻繁にスタジオに来る。一時期は週に2回ほど来る期間が数ヶ月続いた。被写体としては、毎年夏にギリシャの方へ戻り撮影してようだ。彼女の家族が元々ギリシャからの移民で、自分とつながりのある被写体を撮影している。
このようなコラムを始めたのも、前から小冊子を作りたいと思い続けている。いつの頃からこんなことを考えるようになったのか覚えていないが写真を始める前からこんなことを薄々と思っていた。小学生の時は学級新聞を作るのに一生懸命になっていた。そして同じ頃にいろんな雑誌からの切り抜きを貼付けた原稿用紙をコピーをした手作りの「雑誌」を作っては友達に販売していたこともある。今思えば完全に著作権などを無視している「雑誌」だった。
写真をやるようになってからこの思いはもっと強くなったような気がする。というか写真と出会ったことによって雑誌の内容が定まった。日本にいた時も町端で売っている写真の小冊子を買ってはいろいろとアイデアを練っていたことを覚えている。
同じ頃にとても刺激を受けたのはDejavuとの出会いである。この雑誌のことを知ったのはちょうど日本を発つ時だった。すでのに出版は終わっていて、恵比寿の写真美術館のショップでお金が許す限りバックナンバーを買いあさった。そして彼女が日本に帰る度に手元に無いバックナンバーを買ってきてもらっていた。
Dejavuの写真のクオリティー、幅広く選択された写真、写真の分野と関係ない人が書いていた文章などがとても刺激的だったのだろう。印刷などにも気配りをしている所などもとても気に入っていた。そして中でも一番に強く感じたのは写真家の作品ををテーマによって選び、文章を集めるという「キュレート」という作業を初めて知った。今までカメラ雑誌しか見たことがなかった僕には全く新しい可能性を見せられたアプローチだった。
そしてDejavuを通してProvokeのことを知った。Provokeのほうは小冊子のコンセプトについて影響を受けたというより、一緒に活動していた関係みたいな物にとても興味があった。いろいろとバックグランドの違う、どちらかと言ったら性格の濃い人達が集まるということによって生まれるエネルギーみたいな物に力を感じた。
ここに来ていろいろ考えてきたことが一緒にできそうな人が周りに現れてきた。この小冊子のコンセプトなど全く方向性が決まっている訳ではないし、どのような媒体としてdistributeしていくかなど考えていない。この秋から近い将来この小冊子につながる物を、気があった人と一緒に、焦らず少しづつ始めていきたい。





