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歴史と歴史との関係
金沢で久保さんに勧められていた、杉本博史のショーを21世紀美術館でみる。タイトルは”History of History”と作家一人で行うには少し大げさな感じがあるが、このショーはNYのJapan Societyで見た事があり、一つ気に入った作品を覚えているのでまた訪れる。
さすがにNYでの展示スペースの限界のためあまりまとまりがなかった事を記憶していたが、21世紀美術館で行われているショーはスペースの使い方がとても有効で完成度の高いもになっている。このショーは写真展ではなく彼の写真作品と自分の古美術のコレクションを交えたとても面白いショーだ。中には自分の写真を古美術に実際に混ぜて見せている物もある。
インタビューなどを見るとどのようなアイデア基にして作品を作っているなどと分かり彼の作品を理解するにはかかせない物だと思った。前々から思っていたが彼の作品を見ていると「時間」を意識せざるえない。それも一瞬の時間から数千年もしくはもっと長い時間を含めて。そしてそれらが「歴史」というアイデアを構成しているのであろう。「歴史」という事をレファレンスにする為ある意味「普遍性」みたいな物をかもしている。
その後に国際交流サロンの永江さんの所に寄ってみるとシムさんと山口君という若い工芸作家に出会う。彼らは金沢市がプログラムとして行っている卯辰山工芸工房という所で自分たちの作品を作っている。ここでは30人ほどの人達が全国から選ばれて、スタイペンド(給料)をもらいながら作品を作る機会を与えられる唯一のレジデンシーだそうだ。若くして作品を作っているという事もあり話が弾み、時間がないながらも次の日にに向かう前にスタジオを訪れる事にする。
卯辰山は海抜が140mとそんなに高い山ではないが金沢の比較的平らな場所にある為、頂上からは金沢が全てが一望できる。僕もちょうどどの地点から金沢を全て撮ることができるのかと考えていた所にこんな機会に出会わした。あいにくの雨だが工房から見える景色はなかなかの物である。ここでは陶芸、繊維、ガラス、メタル、漆器の5項目だけを制作しているスタジオである。シムさんは漆器そして山口君はガラスのを使いそれぞれ作品を作っている。アメリカでいうCraftと呼ばれているアートである。
前の日話している時にアメリカではFine ArtとCraftの地位の差というのが明確に現れている事を話す。一概に言えないが、Fine Artというのはとても洗練されていているが、craftとなると手作り感みたいな意味合いが含まれてきて評価が下がる。もちろん家具を作る作家や陶芸の人でもとても評価の高い人がいるが、やはり取引されている値段そして話題性という点から見ても、Fine Artとの「差別」みたいな物は薄々と感じる。
工芸では長い「歴史」や「伝統」という物が逆に作用して一種の束縛感みたいな物になっているような感じがする。杉本博史が歴史を利用する事によって作り上げている「普遍性」のようなものはどこに行ってしまうのだろうか?歴史との関係をうまく利用するか、それともそれによって縛られるのかは作家次第なのだろうか?今にも雪が降りそうな曇りの金沢を発つ電車の中でそんな問いが頭を巡った。
社会科見学
日本に着いてから早速ミカさんと一緒に出版社や出版に関係している人に立て続けに会う。
いろいろな立場の人から話を聞き日本での写真集出版の事情をリサーチするのが目的である。具体的な数字、ビジネスの内容や何を考えているのか、そして僕たちがどのようなことができるのか、などということをざっくばらんに話す。感触としてはどこも肯定的で協力してくれるようであった。
そんな事を二人で4日ほど行った後、月曜日には久保さんも引き連れて京都の便利堂に向かう。便利堂の鈴木さんには前々から久保さんとミカさんとで訪れる予定を伝えておいた。そこにミカさんの紹介で奈良でギャラリーを営んでいる野村さんと京都の大学で勉強している山下さんとが合流する。
お昼を食べて便利堂に訪れた時には2時で、それから山本さん達が行う工房の説明などを兼ね3時間位お邪魔をする。来る度に便利堂の技術そしてそれに対しての誇りなどに感心させられる。いろんな過程がありそれぞれの部門で働いている人と話すと、自分のやっている事に誇りを持っていることがすぐわかる。
その後、時差ぼけの睡魔に襲われながらも鈴木さんと山本さん達と一緒にお酒を飲み、技術的なことや、どのようにしてCollotypeの存在をもっと知ってもらうかという事を延々と話す。席での山本さんがCollotypeについて語っている顔が忘れられない。これだけ自分のやっている仕事を熱心に語れるという事ができる人が今の社会にどれくらいいるのだろうか?
鈴木さんには来年の3月に行われるAIPADの見学を兼ねてアメリカに来てほしいと誘い、山本さんには5月に行われるデジタルネガのワークショップに誘いをかける。このような機会で便利堂も学べる事は沢山あり、そして僕が協力できることもある。
その次の日には大阪にでてThird Gallery Ayaの綾さんを3人で訪れる。綾さんとはNYのICPで行われたオープニングで一度お会いしている。綾さんの所では前ミカさんが紹介してくれた日下部さんの作品を見せてもらう。サイトでしか見た事なかったが実際に見てみるとますますフィラデルフィアに持って来れないかと思う。近いうちに実現したい。
このように写真を通してアメリカと日本の間のこの距離を縮められないか?人、技術、物、そしてアイデアの行き来をもっと活発にできないかということをいつからかよく考えるようになった。そこにはどちらの世界も、言葉や文化の違いを障害とせず自由に行き来できる僕の役割がでてくる。そしてこれがミカさんと行おうとしているビジネスのコンセプトでもある。
新大阪の駅で久保さんとビールを飲みながら少し個人的な事まで話をする。今回は久保さんと過ごせる時間が沢山あり、仕事の事だけではない話をする余裕も出てきた。
そして久保さんと別れた後一路九州へ向かう。
Phillipとの会話
すっかり暗くなった時にスタジオに戻ってくると重要なメールが10件近く入っていた。それぞれの用件に対しすぐに返事をしてほしいと書かれている。昼間から外に出てきたのだが、たった6時間の間でのことである。さすがに忙しいと実感する。
今日は昼からお昼をかねてPhillipを訪れる。来年の春にギャラリーで行われるフィラデルフィアと日本の50年代の写真を見せるショーに参加する一人である。前にも触れたがこのショーではPhillipが撮った50年代のPhiladelphiaと僕の知り合いである山崎さんの50年代の写真を一緒に見せようという企画展である。二人とも「写真家」という部類に入る人達ではない。その分写真が本当に明快で見ていて快い。日本の写真の方はネガから起こすことになっていてフィラデルフィアのほうはPhillipがプリントしてあるものとネガから起こす物を予定している。そのショーの為の作品を見るミーティングをしてきた。
スタジオから電車とバスを乗り継ぎ30分位かけてNorth Eastと呼ばれる50年代から集合住宅が沢山できた地域にある彼の家を訪れる。既に1度訪れたが今回は時間をかけ彼の作品を片っ端に見る予定になっていた。昼過ぎに訪れるとこの82才のユダヤ系のおじさんはは少し弱った様子で僕を迎えてくれた。いつも挨拶するたびに彼はもう少し体の調子が良ければとつぶやく。
お昼を食べに近くにあるユダヤ系のDeliに一緒に向かう。今日はおごるからと言って聞かない。少しどぎつい内装でさびれた感じのレストランで、ウェイトレスのおばさんはびっこを引きながらも注文を受けにくる。Phillipはウェイトレスのおばさんに今日は元気かと暖かい声をかける。オーダを取ってテーブルから去った後顔を近づけてきて、あのウェイトレスがこの年でそしてこの体でまだ働かなければならないという現実は理解できないとささやく。
二人でお茶を飲みながらいろいろな話をする。彼は本当に知識に対してどん欲という感じで写真はもちろんの事,自分の職業であった印刷について、そしてフィラデルフィアや世界の歴史や文化の事ととにかく幅が広い。僕の知っている人の中でも日本史の明治維新の役割を話した後に彼自身特許まで取ったハーフトーンの点が見えなくする技術的な事まで違和感なく話せるのは彼位であろう。僕たちの会話の90%は彼が話している。
今までの彼の写真活動の話やフィラデルフィアの50年代の様子の話もする。いかにSouth Philadelphiaという地域にはユダヤ系の人達が集まっていたか、そして戦後郊外が発達して行く事によってユダヤ人の移動が始まったこと。Levitownという郊外集合住宅はまさにユダヤ人がユダヤ人の為に建てた町なのである事が分かる。そして一見幸せに見えたアメリカのイメージを崩したのがRobert FrankのAmericansである。Phillipとフィラデルフィアやアメリカの社会や文化の事を写真の歴史や技術的な進歩の文脈になぞりながら話すのは楽しい。写真の歴史が生きているという感覚がある。
その片一方で彼の体のことが気になる。彼の友達はガンの末期で最近ホスピスに移ったと話す。そして彼女の看病の為に彼は毎日のように病院に通っている。身体的にも精神的にも無理がかかり、先日は夕方の6時にまでベットから出る事ができなかったと言っていた。そんな事があったら、いつでも電話をしてくれれば一緒に昼を食べに行くと励ます。
後は1月からのプリント制作に取りかかる準備をしなければならない。Ilfordにスポンサーになってもらえればと、マーケィング担当の人にメールを送る。うまく時間が合えば久保さんもスポンサーとしてプリント制作に協力してくれると言っていた。
いつからか、自分一人でできる事は限られているので、他の人と協力をして物事を動かす様に意識し始めた。そしてこの様に写真を通して人間関係が出来ていく過程に喜びも感じる。今回ショーも僕の個人的な人との関係を通して出来上がってくる写真展である。



